【プロレス蔵出し写真館】ビッグ、サンクスセール…ビッグ、サンクスセール…ビッグ、サンクスセール。

 同じセリフを3回繰り返す、妙に印象に残るテレビCM。画面を見なくても、〝例の滑舌〟から長州力だとわかった。

 これは、7月22日に創業14周年を迎えたYogiboが7月1日から31日まで開催する「Yogibo BIG THANKS SALE」のCMだ。CMイメージキャラクターの長州は、1日に銀座1丁目柳通り店の1日店長として、開店から2時間で売上100万円達成にチャレンジして、見事成功した。

 最近は滑舌ネタやツイッターが話題の長州。現役時代は、マイクアピールのセンスも含め、数々の名シーンを残している。

 そのひとつは、今から36年前の1987年(昭和62年)4月27日、新日本プロレスの両国国技館で、今にも場外フェンスを乗り越え、リングに駆け上がらんとする長州。必死に止める保永昇男や、若手の佐々木健介の姿も印象的だ(写真)。

 長州の見つめる先は、ノーロープとなったリング上で、ダウンしているマサ斎藤と手錠でつながれたアントニオ猪木が執拗にパンチを浴びせている姿だった。

 3月26日に大阪城ホールで開催された「INOKI闘魂LIVE PARTⅡ」で行われた猪木VS斎藤戦で、海賊男が乱入して斎藤に手錠をかけてしまうという〝ワケのわからない〟茶番劇が原因で、観客の大暴動が発生した。そのため、1か月後に決着戦が行われたのだった。

 長州にとって87年は激動の年だった。

 ジャパンプロレスの社長として全日本プロレスのリングに上がっていた長州は、1月17日、徳山大会でカート・ヘニングを相手にPWFヘビー級王座V6に成功すると、日テレのインタビューに答え、藤波辰巳(現・辰爾)の名前を口に出し、戦いたいとアピールした。翌日、藤波は本紙の直撃に「エッ、ホント!? なんという大胆な…。テレビでそんなこと言うのは勇気ある行動だよ」と歓迎。

 2月20日、中野サンプラザで行われたアントニオ猪木の誕生日を祝うロックコンサート「突然卍がためLIVE」に、マサ斎藤が花束を持って登場し、挑戦を表明。長州は、同日から開幕した全日のシリーズを右手首のガングリオン(コブ状の腫瘤)のため欠場を続けた。

 3月23日、ついに全日離脱を表明して独立を宣言し、3月25日に大阪ロイヤルホテルで行われた大阪城大会の前夜祭に、斎藤の代理人として登場した。長州の商品価値を求め水面下で接触していた新日への参戦は既定路線だった。

 想定外だったのは、3月30日、世田谷区池尻にあったジャパンプロ本社で竹田勝司会長と大塚直樹副会長が会見し、長州の追放を発表したことだろう。

 移籍で大金を得たと言われる長州だが、追放されたことで新日へ戻るしかなかった長州は足元を見られたと、大塚氏が明かしている。

世代闘争をマイクアピールする長州(87年6月、両国国技館)
世代闘争をマイクアピールする長州(87年6月、両国国技館)

 とはいっても、全日との契約問題がクリアされ新日のリングに上がった長州は水を得た魚のよう。6月12日にはもうひとつの名シーンが生まれた。

「藤波、前田、嚙みつかないのか! 今しかないぞ、オレたちがやるのは!」。世代闘争を促すマイクアピールに観客は熱狂した。間違いなく、長州力は時代の寵児だった(敬称略)。【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る