神戸山口組(井上邦雄組長)が揺れている。副組長の入江禎宅見組組長が脱退を表明したのだ。六代目山口組(司忍組長)を前に劣勢に立たされている神戸山口組にとってまたまた超大物の離脱。入江副組長が主導したとされ、今月成立したばかりの「3派同盟」の行く末が案じられたが…急転、新展開を迎えた。
神戸山口組を結成するにあたって中心的存在を担った5人の組長は“5人衆”と呼ばれていたが、2020年に池田孝志池田組組長が脱退、正木年男正木組組長が引退。先月には神戸山口組若頭だった寺岡修侠友会会長が脱退し、残るは井上組長、入江副組長の2人となっていた。
ところがつい先日、入江副組長まで離脱を表明したというのだから、ただ事ではない。「入江副組長は井上組長と対立したそうで、神戸山口組を抜けると表明したと聞いている。発端は3派同盟に関するものだったとか」(裏社会に精通した関係者)
反六代目山口組連合と言える3派同盟の3派とは、神戸山口組、一度は脱退した池田組、絆會(織田絆誠会長)を指す。池田組と絆會は独立組織として行動を共にしており、その池田組が神戸山口組と連合を組むことになったのだ。必然的に絆會もそこに加わる形となり、3派同盟と呼ばれるようになった。
これが成立するまでは決して平坦な道のりではなかった。なぜなら神戸山口組と絆會の関係は最悪だったからだ。絆會(当時は任侠団体山口組)は離脱する時に会見を開いて井上組長のことをボロクソに言った。一方の神戸山口組は17年に組員が織田会長のボディーガードを射殺。修復不可能なほど険悪だった。
それでも池田組が間に入ることで何とか3派同盟は成立。これに尽力したのが入江副組長だった。「9月12日に命を落とした織田会長のボディーガードの供養が現場で行われ、ここに神戸山口組の有力幹部も訪れた。これに納得がいかなかったのが井上組長だとか。配下の人間がヒットマンとして体を張ったのだから。この一件でもめ、井上組長と入江副組長はたもとを分かったようだ」(同)
入江副組長が去った今、3派同盟も当然、消滅するかと思われたが、どうやらそうではなさそうだ。「これまでの3派に加えて、独立組織となった宅見組も加えて4派同盟になるとの話が急浮上している。空中分解しないように動いているのは神戸山口組の幹部たちとのことで、六代目に対抗するべく勢力の結集を図っている。ここに侠友会が加わって5派同盟なんて話もあるが、こちらはまだ先行き不透明」(暴力団事情に詳しい関係者)
分裂、そして集結を繰り返す神戸山口組とは対照的に、六代目山口組の方は静かだ。「今は神戸山口組の動きを静観している。ただいつでも動けるように、幹部たちの行動確認は続けているとのことだ」(同)
先日、岡山市の池田組本部に隣接する一般の駐車場で、池田組関係者の高級車がつるはしで穴を開けられた。すぐに六代目山口組系の組員が出頭した。「警告と取られてもおかしくない」(同)
8年目に突入した山口組分裂抗争――風雲急を告げてきた。
【山口組の分裂】2015年8月27日、国内最大の指定暴力団・六代目山口組の一部勢力が離脱し神戸山口組を結成。六代目山口組の司忍(篠田建市)組長の出身母体「弘道会」の影響力が強まり、内部で不満が高まったことが原因とされる。17年4月には神戸山口組からさらに離脱した勢力が任侠団体山口組(絆會)を結成した。いずれも指定暴力団に指定されている他、兵庫県や愛知県などの公安委員会は六代目山口組と神戸山口組を特定抗争指定暴力団にも指定。21年秋には神戸山口組から中核団体「山健組」が離脱し山口組に復帰した。












