“プロレスリングマスター”こと武藤敬司は、ドクターストップにより2023年春までの現役引退を発表している。7月4日には盟友の馳浩・石川県知事を訪問して引退を報告。馳知事は引退試合出陣を示唆すると、7月31日にはノア金沢大会を訪れ、武藤に石川県観光大使委嘱状を贈呈。「俺、本当に(引退試合に)出なくていいの?」と念押しして再度、やる気をアピールすると、試合に巻き込まれるハプニングまで起きた。ぜひ天下の県知事の英断に期待したい。
今では何ともほほ笑ましい関係を保つ2人だが、ちょうど30年前には歴史に残る大流血戦を展開している。当時のIWGPヘビー級王者は武藤の化身であるグレート・ムタ。新日本プロレスの1992年最終ビッグマッチとなった12月14日大阪府立体育会館大会ではノンタイトル戦ながら、ムタと馳が一騎打ち。今でもこの試合は、ムタの残虐性を引き出した馳の試合巧者ぶりが高評価を受け、ムタのベストバウトのひとつとされている。
馳は試合前にムタを「ベルトを巻いてから責任感がない。ムチャクチャにやってやる」と糾弾。その発言を受けて実現した一戦だった。馳は3日前の12月11日名古屋で蝶野正洋を撃破。馳なりに新日本の「革命」に着手していた時期だった。
本紙は1面でこの激闘を報じている。「大流血の末、地獄の入り口まで叩き落とされたムタが魔性の本領を発揮。馳の野望を粉砕してのけた。先手を取った馳は裏投げ、脳天杭打ち、原爆固めと大技の連発。何とかペースを握りたいムタは、リング用の鉄工具を握りしめた。しかしこれを奪い取った馳はブスリとムタの額に突き刺した。赤いペイントが落ちかかっていたムタの顔面は鮮血で真っ赤になった。かみついて傷口を広げた馳はサソリ固め、ケンカキック、裏投げ、パワーボム。勝利は目前だった。しかしムタは一瞬のスキをついて逆襲。バックドロップ4連発から飛龍原爆、月面水爆の殺人フルコースで大逆転。馳の猛攻は結果として極悪ムタの底力を引き出した――。控室に戻ったムタはドクドクと血が出るのも気にせず大の字でダウン。数メートル先の通路では馳も大の字。文字通り、死力を尽くした一戦だった」(抜粋)
この日は新日本、外国人勢、WAR、反選手会同盟などが参戦し、対抗戦が多かったため、控室や会場は異様な緊張感に包まれ、試合前の取材は一切できなかったことを覚えている。メインは天龍源一郎対越中詩郎のシングル戦だったが、ムタ対馳が大会の印象全部をかっさらっていった記憶しかない。それほど強烈かつ内容の濃い一戦だった。武藤も天才なら、馳もまた相手の奥の力を引き出せる天才だったのだ。
しかし五輪に出て高校教師になるも、プロレスに転向してスターになるや美人女優(高見恭子)と結婚し、あのタイガー・ジェット・シンと巌流島で戦い、衆院議員を経て県知事になった馳の生きざまはある意味、男のロマンをすべて具現化させたと言っていいだろう。
さすがに引退試合では鉄工具で頭をカチ割ったりかみついたりするとは思わないし、団体なりの引退ロードプランもあるだろうがムタ、いや武藤の最後の雄姿を見せるリングには、やはり馳が同時に立っていてほしいと切に願う。 (敬称略)












