【取材の裏側 現場ノート】「あの方はすごかったよ。あれが本当の『アスリート・ファースト』だったね」とある日本の競技団体関係者が振り返るエピソードがある。
2006年にカタール・ドーハで行われたアジア大会。国土の多くが砂漠で、めったに雨が降らない都市のはずが、なぜか開幕前から大雨が続いた。ハリーファ国際競技場で行われた開会式も大雨に。しかも終了後の選手誘導がうまくいかず、豪雨のなか会場周辺で選手が2時間以上も立たされる状態になった。傘もなく、気温も低下。試合を控えているのに凍え震えさせられるという、今なら考えられない扱いを受けていた。
日本選手団の一員だった冒頭の関係者が目撃したのは、近くで同じようにずぶ濡れになって立つ大会組織委員会関係者や国際オリンピック委員会(IOC)幹部たちの姿だった。ぶちキレたカタールの高官とみられるVIPが「どうなってんだ! 私はどこどこの誰々だ! 早く通せ!」と叫びだした。すると、横から「アスリート・ファースト!(選手が先だ!) 」と叱り飛ばす声が。発した人物を確認すると、当時IOCの会長だったジャック・ロゲ氏だった。
五輪の肥大化抑制に力を注ぐなどしたロゲ氏の後を引き継いだのが、トーマス・バッハ現会長だ。新型コロナウイルス感染拡大下で1年延期となった昨夏の東京五輪では、大会の安全を語る場面で「日本人」と「中国人」と言い間違えたことは記憶に新しい。常に「アスリート・ファースト」を連呼するが、どうにも伝わらず、各地のうまみを強奪する〝ぼったくり男爵〟と海外メディアでも認定されるほど評判がよくない。
人は窮地の時ほど本性が出る。ロゲ氏と同じようにバッハ会長があのドーハの地でずぶ濡れだったら、カタールの高官を見て何と叫んでいたか、ふと気になった。
(一般スポーツ担当・中村亜希子)












