「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の一部としてユネスコの世界文化遺産に登録された軍艦島(長崎市・端島炭鉱)。夏休みもあって同島は、連日のように大勢の観光客であふれかえっている。その軍艦島の秘められた写真を本紙が入手した。

 長崎市内の某所に、戦前に撮られたと思われる端島の写真が眠っていた。モノクロのコピーを丁寧にとじた冊子に収められた写真に写っているのは、和服姿で着飾り、薄化粧をして並ぶ16人の女性だった。

 冊子を作った長崎市在住の50代郷土史家はこう語る。

「『端島美人連中』と書かれているのは、遊郭で働いていた女性を撮ったものと考えられます。この写真は昭和15年(1940年)の皇紀2600年に軍隊によって撮影されたものとされています。当時、この長崎半島では、皇紀2600年に合わせて、それぞれの集落で記録写真を撮っていたようです。そのときに撮られた写真は、冊子にして各集落の人たちに配布されたのですが、それをスキャニングしてコピーを作りました」

 冊子に収められている他の写真を見ると、男性が映っているものについては「端島在郷軍人分会」「端島国民学校職員」「端島炭鉱労務職員」などと書かれている。また女性が写っているものについては「端島愛国婦人会」「端島購買職員」などとある。それに比べ「端島美人連中」とは風変わりな表現だ。

 長崎市在住の60代男性は「この写真に写っているのは、遊郭で働いていた女性よねー。私は昭和19年(1944年)に端島で生まれたとですけど、物心ついたときには、堤防を歩いて行って遊郭の中を冷やかしでのぞいていたとですよ。当時は売春防止法が制定される前だったから売春は合法よね。ブローカーを通じてここに来ていたんでしょうねー」と説明する。

 軍艦島に遊郭があったのは58年に売春防止法が完全に施行される前の56年までだった。現在、同島の南西部にあったその場所には、鉱員アパートとして使われていた31号棟が建っている。そこで働いていた女性は「1軒に9人、全部で27人だった」という説もある。海底炭鉱での労働は命がけだ。そのため労働者は、労務が終わると酒を飲み、「性のはけ口」を求めて遊郭通いをしていたのだろう。