異例の事態だ。女子テニスの彭帥(35=中国)が75歳の元中国高官から性的関係を強要されたと告発した問題で、女子ツアーを統括するWTAのスティーブ・サイモン最高経営責任者(CEO)が中国からの撤退を示唆。この強硬な姿勢は多方面に影響を及ぼすとみられ、日本テニス界も決して人ごとではない状況になってきた。WTAの動きにある背景と今後の展望を専門家が分析した。

 彭は中国共産党最高指導部のメンバーだった張高麗元副首相との不倫関係を告発し、現在は消息不明となっている。中国の国営メディアは本人が送ったとされるメールを公表したが、WTAは〝ねつ造〟を疑うなどさまざまな臆測が飛び交っている。

 そもそも彭とはどんな選手なのか。DAZNテニス中継の解説者・佐藤武文氏は「若いころからエリートで、中国国内では別格の扱い」と話すように、2013年ウィンブルドン、14年全仏オープンでのダブルス制覇など輝かしい実績を持つ。

 中国ではステータスが上昇すると、さまざまな場面で「優遇」を受けるようになるという。「一般的に有名になると、多くの催し物に招待され、偉い方々と接する機会が増える」(佐藤氏)。彭はダブルスで世界ランキング1位まで上り詰めたとはいえ〝権力者〟に比べれば弱い立場だけに、不倫の誘いを断り切れなかったのかもしれない。

 一方で、彭は〝猛女〟の異名を取り「勝つためなら手段を選ばないほど気が強いタイプ」(佐藤氏)。今回の告発が正義感にかられたものなのかどうかは不明だが、いずれにしても佐藤氏は「リスクがある中で、とても勇気ある行動だと思います」と評した。

 そんな中、WTAのサイモンCEOは「われわれはビジネスを引き揚げることも辞さない。なぜなら、これはビジネスよりも大事なことだからだ。女性は尊重される必要がある」と主張。中国撤退も辞さない強硬な姿勢を打ち出した上で、適切な調査を求めている。「中国はWTAにとって数多くのトーナメントを開催し、大きなお金を生み出す〝お客様〟です。撤退したら大きな痛手になりますが、それを覚悟で人権問題やジェンダーに重きを置いた表明は素晴らしい」(佐藤氏)。WTAの姿勢は海外でも多くの支持を得ている。

 では、実際に中国から手を引いたらどうなるのか。WTAツアーは毎年9月の全米オープン後、開催地がアジア地域へ移行。この通称「アジアンスイング」は中国各地でトーナメントが開催され、女子テニス最終戦「WTAファイナルズ」に限っては30年まで中国・深センでの開催が決定している(今年は新型コロナウイルスの影響によりメキシコで開催)。

 佐藤氏は「WTAが中国開催を全て引き揚げればアジアンスイングの再編成を余儀なくされ、日本に影響を及ぼすかもしれません」と指摘。中国で開催予定の大会が、ごっそり日本へやって来る可能性もあるのだ。

 不倫告発から始まった一連の騒動は、もはや国際問題に発展しつつある。引き続き今後の動向に注目が集まりそうだ。