五輪史に詳しい筑波大・真田久教授が訴える「五輪中止は避けるべき」 将来的な消滅に近づくことになるから

2020年06月30日 12時00分

東京五輪の中止論も出ている

【どうなる?東京五輪・パラリンピック(73)】 歴史は繰り返されるのか。来夏に延期となった東京五輪は大会組織委員会や国際オリンピック委員会(IOC)が課題と向き合いながら準備を進めている。しかし、新型コロナウイルス禍終息のメドは立っておらず、五輪開催は不透明な状況が続く。そんな中、本紙のオンライン取材に応じた組織委文化・教育委員で筑波大教授の真田久氏(64)は“五輪の起源”について言及。その上で「中止は避けるべきだ」と訴えた。

 1年延期となった五輪の開催には、会場確保やスポンサー交渉など多くの課題が浮上するが、関係者を悩ませているのは新型コロナの感染防止策だ。現時点で有効なワクチンや治療薬はなく“見えない敵”を食い止める方法は見当たらない。

 そんなウイルスとの戦いは約100年前にも繰り広げられた。第1次世界大戦後、当時大流行したスペイン風邪は世界中で死者数千万人を出す大惨事となった。五輪史に詳しい真田氏によると、1920年アントワープ五輪の関連資料にスペイン風邪に関する記述が確認できたという。

 ただし、開催国のベルギーには大きな影響がなく「『感染者が少なかったのですんなり開催できたのでは』との記録があります。それに20年までには(ウイルスを)かなり抑えられていましたから通常開催ができたと考えられます」。結果的に戦争の被害も比較的小さかったアントワープ大会は成功したとみられる。

 こうして4年に一度開かれているスポーツの祭典だが、日本には開催地を巡る苦い思い出がある。真田氏が“幻の40年東京五輪”を解説する。

 東京開催が決まったのは1936年。日本は33年に国際連盟を脱退しながらも招致に成功し「当時のスポーツ界が政治とは関係なく、いかに信頼を勝ち得ていたかが分かります」。ところが、日中戦争の激化と、国内外に絶大な影響力を持っていた講道館柔道創始者で「日本の体育の父」こと嘉納治五郎氏の死去で状況が一変。それ以降、日本は五輪返上に傾くことになる。

「当時の広田弘毅外相は嘉納治五郎の弟子でしたし、そういう意味で彼(嘉納)のネットワークは政治家や軍部内にもかなりいました。ですから『嘉納先生がそうおっしゃるのであれば』という思いがあったと思うんですよね。それが大黒柱がいなくなったことで、時の流れに従わざるを得なかったと考えられます」

 その後、開催地は東京からヘルシンキ(フィンランド)へ移ったが、第2次世界大戦のため、40年大会は中止となった。

 真田氏は「五輪のルーツには『戦争』と『疫病』からの復興がある」とした上で「これまで戦争による中止はあっても古代五輪が始まったもう一つのきっかけとされる疫病での中止はなかったんですよね。もし(東京大会が)開催できなければ、原点であるはずの2つの事象によって五輪が危機に見舞われることになります」と指摘。続けて「歴史を知っている人間としては開催して乗り切ってもらいたいと強く思いますね」と期待した。

 しかし、新型コロナ禍による課題を解消できなければ「中止」も現実味を帯びてくる。真田氏は「中止という選択はなるべくしないほうがいいと考えます」ときっぱり。

 その理由として「今後、感染症が起きた場合に『中止』という前提になりますからね。リスクが高まったら延期せずに即中止になってしまうと思うんです。そうなれば開催地に名乗り出る都市が減る、価値が下がる、スポンサー収入も減る、規模を縮小せざるを得なくなる…と悪循環に入るんじゃないかなと。最終的には五輪の消滅に近づくことになるかなと思うんです」と説明した。

 将来的な五輪存続問題に発展しかねないと危機感を抱く真田氏は「こういう状況(新型コロナ禍)の後の大会ですので、やはり『人類全体の復興』『みんなで連帯していこう』ということ。その大切さを確認する祭典になってもらいたいですね」。願いは届くのか。