【前田日明(2)】俺は1959年1月24日、大阪の日赤病院で生まれたらしい。母親(幸子さん)が言っていたから、そうだと思う。親父(正雄さん)は鉄工所勤めで、建築資材にボルトを通す穴を開ける職人だった。俺が生まれたころは、親父も若い人を5人、10人と使って下請けみたいなことを頑張ってたんだよね。

 親父は昭和3年(28年)生まれの男で、ひと言で表すならば瞬間湯沸かし器。今にして思えば、藤原(喜明※)さんにそっくりだった、性格が。藤原さんを見てるとよく自分の親父を思い出したんだ。後々になって、藤原さんを通じて自分の親父のことを理解したっていうのがいっぱいあるね。子煩悩でかわいがってもらった記憶もあるんだけど、怒られて殴られた記憶もある。厳しかったね。昔は子供のしつけで手が飛んでくるの当たり前だったから。

 うちは大阪市港区に住んでいた。親父がそこに土地を買って、家を建てたんだ。俺が小学2、3年生(66~67年)のころ、ウチの隣はコンドウさんって3世代で住んでる人がいた。俺の1個上にマコト君、1個下にタロウ君って兄弟がいて、おじいちゃんは石屋。家の前にはある宗教団体のXさんという人が住んでいた。そういう下町で育っていた。

 Xさんは土曜日になると港区中から信者を呼んできて、1階の大広間で「南無妙法蓮華経…」って始めるんだよ。親父はそれにいつもイライラしててさ。Xさんは近所の人を入信させようと頑張ってたんだけど、ウチの親父とコンドウのおじいちゃんは「ダメだ」って入らなかったんだ。そうするとXさんが「前田さん、信心しないとアキラちゃんとか(妹の)ヨウコちゃんが病気とか事故で死ぬかもしれませんよ」って余計なことを言ったんだ。それで親父はカリカリしてて。後の週末「南無妙法蓮華経…」ってまた始まったんだ。

 その日、丸いちゃぶ台を挟んで家族でメシ食ってたんだけど、親父がいきなり「アキラ、お前こないだバット買うたったやろ。持ってこい」って。ウチの母親はそれを聞いて「ああ! アキラあかん!」って叫んだんだけど、俺は何のことか分からなくて、そのまま「ハイ」と渡しちゃったんだ。で、親父はバットを持って「オラーッ!」とか言って「バリバリバリーン、ガシャーン、キャー!」って…もう阿鼻叫喚だよ。

 その宗教団体の港区支部は壊滅。パトカーが5台、10台とかやってきて、親父が警官10人くらいに囲まれて大立ち回りしてるんだ。最後は捕まってさ。1か月くらい留置場に入れられてたね。

※「関節技の鬼」と呼ばれたプロレスラー

 ☆まえだ・あきら 1959年1月24日生まれ。大阪市出身。78年8月に新日本プロレスでデビュー。84年に第1次UWFに参加後、88年に第2次UWFを旗揚げ。91年にはリングスを立ち上げた。99年2月に「霊長類最強の男」と呼ばれたレスリング五輪3連覇のアレクサンダー・カレリン(ロシア)との一戦で現役を引退。その後も海外との人脈を生かして数々の強豪を招聘した。2008年3月からアマチュア格闘技「THE OUTSIDER」を主宰。192センチ、現役当時は115キロ。