幻に消ゆ巨人・星野監督 サイン直前で降りた全真相

2020年04月09日 16時30分

阪神監督時代の星野氏。タテジマが似合っていたが、巨人のユニホーム姿も見たかった…

【球界平成裏面史(4)幻の星野監督の巻】巨人・堀内監督2年目の平成17年(2005年)は、開幕早々からトラブルが続いた。4月26日のヤクルト戦で、ローズが弘田外野守備走塁コーチと大ゲンカ。「ジャイアンツ下手クソ! ジャイアンツ大嫌い!」と報道陣を前にして日本語でまくし立てたのが始まりだった。

 前年11月に去就騒動を起こした清原の反抗的な態度もますますエスカレートする一方。そんな中、渡辺前オーナーは次期監督候補として前阪神監督、当時シニアディレクター(SD)星野仙一に白羽の矢を立てた。

 渡辺前オーナーはかねて星野SDの手腕を高く評価。日本代表(現侍ジャパン)監督候補に挙がったときは「星野くん以上の人物がいるかね。おれはそう思わん」とまで持ち上げている。

 巨人は水面下で星野と阪神に接触、8月に一連の動きが表面化した。当時の報道や私の取材では、滝鼻オーナーが阪神に足を運び、手塚オーナーに星野SDの譲渡を懇願。星野SDに年俸10億円を提示したという。

 巨人・星野監督が実現すれば、生え抜き以外では初、しかも球界史上最高給取り監督が誕生するはずだった。補強や人事の権限も与えられ、契約書にサインするだけ、というところまでいったという。その土壇場でなぜ立ち消えになったのか、ある読売関係者の証言。

「要するに、星野さんが恐れをなしちゃったんだよ。巨人で全権監督までやらせてもらって、優勝できなかったらどんな目に遭うか。家族まで世間に非難されると、娘さんが猛反対したという話もある。星野さんは、意外に繊細で小心だからな。最後は自分から渡辺さんに断りを入れたそうだ」

 巨人の歴史において、これは大きな隠れたターニングポイントだったと私は思う。星野監督を逃した渡辺前オーナーは原監督の再登板へ方向転換。巨人は07年からリーグ3連覇を果たし、09年に7年ぶりの日本一も達成する。

 だが、11年には原監督と対立していた清武代表の“清武の乱”が勃発。12年には原監督自身が女性スキャンダルにからんで元反社会勢力の人間に1億円を払った事件も報じられた。さらに、15年には若手の集団野球賭博事件も発覚している。

 もし星野監督が巨人に来ていたら一連の不祥事は起こっていたか。そんなことを考えると、長嶋監督が言っていたこんな言葉が思い出される。

「巨人の監督は、普通の人間には務まらない。私みたいにちょっとおかしいぐらいでないと」

 次週はその長嶋監督が1998年、退任の危機に遭遇した事件を振り返ってみたい。

(赤坂英一)

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