【今週の秘蔵フォト】「ボサノヴァの女王」といえばブラジルの大御所シンガー、アストラッド・ジルベルトである。夫(後に離婚)はボサノヴァの創始者とされるジョアン・ジルベルトで、1964年の「イパネマの娘」が全米5位の大ヒットを記録し、ボサノヴァというジャンルを世界的に広めた。60年代から2000年代まで長く活動し、その甘い歌声は世界中の人々に愛された。
実は大の親日家でもあり来日公演も何度か行っている。初来日は68年1月。76年1月23日付本紙では、3度目の来日を果たしたアストラッドの超貴重なインタビューが掲載されている。
当時は2人の男の子の母親で、子供を帯同しての来日だった。長男のマルセロ君は15歳。次男のグレゴリー君は7歳。マルセロ君は母親の来日公演ステージにも上がっていた。「私? いい母親よ。子供たちの料理だって作るし、海外公演の時だって寂しい思いをさせたりはしません。学校は特別休暇をもらって夏にはヨーロッパに行くつもりです。2人とも(音楽の)才能は凄くあるから。私が認める」と目を細めた。
音楽以外では「心理学の本は読むけど、あと気が向けば水彩画を描いたり、クロスワードパズル。それにスクランブルの組み立てブロック。スポーツはしない。グレゴリーはベースボールもするけど音楽が好きなようね」と語った。「さあ仕事だわ」と言うやステージへ。一時代を築いた歌手らしい気高さに満ちた女性だった。 (敬称略)













