「炎の料理人」金萬福をご存じだろうか。1990年代、バラエティー番組に出演。料理人として輝かしいキャリアを持ちながらも、口から火を噴き、クレーン車で空高くつり上げられ麺をゆでるなど過激なパフォーマンスで人気を博した。今月24日には72歳の「年男」を迎えるということでインタビューを敢行。「親友」江頭2:50との知られざる関係を明かした。
テレビという表舞台からは姿を消したものの、その人気は健在だ。現在は中華料理店のメニュー監修や、各地で行われる料理系イベントに呼ばれ、今でも鍋を振るっている。5月30日には、江頭2:50が開催する野外フェス「エガフェス2026」に、キッチンカーで出店予定だ。
名前が縫い込まれた調理服と前掛けは、江頭からの古希祝いのプレゼント。1990年代の人気バラエティー番組「浅草橋ヤング洋品店」(以下、浅ヤン)で共演して以降、その付き合いは30年以上に及ぶが「今でも毎日、朝昼晩にLINE来るよ。おはよう、こんにちは、こんばんはって、もう恋人みたい(笑い)」。共演していた当時は週に3~4回は会って食事していたという。
金を一躍スターに押し上げたのは、その「浅ヤン」内のコーナー「中華大戦争」での過激パフォーマンスだった。総合演出は、当時イケイケのテリー伊藤。そのロケは“コンプラ無視”の連続だった。
「メチャメチャ楽しかったけど、毎回命懸け(笑い)。本当にいつ死ぬか分かんないですよ。思い出すのは、冬の河口湖。凍ってる湖で、中華鍋で作った水上スキーを3時間、ずっとよ! 終わったら肌ガッサガサ。(MCの)浅草キッドが自動販売機で缶コーヒー5缶くらい買ってきて、僕の背中にかけるんだけど、全然感覚ないんだよ!(笑い)」
最も「ひどかった」というのはロケ中に、あの藤原喜明にブン殴られたことだという。
催眠術にかかり“怖いもの知らず”になった金が、コワモテの藤原の頭から水をかけるというロケだったが…。
「部屋では催眠術にかかったけど、(本番のロケ地が)江の島で波の音がうるさくてかからない(笑い)。でもテリーさんが『(かかった体裁で水を)かけて、かけて』って言うから! その時の藤原さん、ズボンの両ポケットにウイスキーのボトル入れてて、ロケ中ずっと飲んで酔っぱらってるから言うこと聞かない(笑い)。だから、至近距離からグーで(頬を)本気で殴られて…。その後の撮影キャンセルだよ!」
浅ヤンでは“本業”の料理も披露したが、今も声高に主張するのが、中華の定番「海老マヨ」を、金が初めて日本に紹介したことだ。一説では、当時スターシェフだった周富徳さん(故人)が、番組で紹介したことで広まったと言われているが…。
「アレ、本番前に料理の打ち合わせするんだけど、(出演する料理人たちがそれぞれ)3品くらい出して、誰が何作るか決めるの。そこで僕が海老マヨを出したんだけど、周さんが『俺、コレやりたい』って(笑い)。周さん大先輩だし、テレビに出ることができたのも周さんのおかげだから『どうぞ』ってね」
今年72歳の年男。「炎の料理人」はますます意気軒高だ。
☆きん・まんぷく 1954年4月24日、香港生まれ。13歳で料理の道に入り、香港の名店で腕を振るい日本へ。92年にバラエティー番組「浅草橋ヤング洋品店」(テレビ東京系)に出演すると、その過激なパフォーマンスで一躍人気者に。日本に初めて「海老マヨ」を持ち込んだことでも知られる。現在も日本には単身赴任。香港に妻と1男1女がいる。












