どうして抗議船だったのか。16日午前10時ごろ、沖縄県名護市辺野古の沖合で2隻の船が転覆し、乗っていた同志社国際高校の生徒である武石知華さん(17)と船長の金井創さん(71)が亡くなった。乗っていた船は米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する抗議船だった。

 2隻は「不屈」と「平和丸」で、辺野古移設への抗議に使われていた。事故当時に乗っていたのは同志社国際高校の生徒18人と乗組員3人。「不屈」に生徒8人と金井さん、「平和丸」に武石さん含む生徒10人と乗組員2人が乗っていた。全員が海に投げ出され、救助されるも、2人の死亡が確認された。ほかにけがをしている生徒もいるという。

 当時は波浪注意報が出ており、大波が原因で転覆した可能性がある。第11管区海上保安本部(那覇)は、業務上過失往来危険と業務上過失致死傷の疑いを視野に捜査をしている。

 同志社国際高校では約270人の生徒が平和学習として14~17日にかけて沖縄を訪れていた。今回、抗議船に乗った生徒たちは「辺野古コース」だった。

 同校はキリスト教をベースにした教育を行っている中高一貫の学校で、平和教育や人権教育にも力を入れている。公式ホームページでは「研究旅行やさまざまな科目の授業を通して、通年的に平和学習に取り組んでいます。平和に対する意識が、研修旅行後も、そして卒業後も深く心に残り続け、『平和を作り出す人(注:聖書の言葉)』であり続けてほしいという願いに、生徒たちも応えています」と紹介。

 中学時代は原爆投下で被害に遭った長崎県へ行き、高校時代に沖縄に行くことになっていた。沖縄では「住民の方の証言などから戦争について学ぶとともに、現地の風土や文化を体験して沖縄への理解を深めます」という目的を掲げていた。

 一方、金井さんは普段は牧師をしながら、辺野古移設に抗議する「不屈」の船長もしていた。著作「沖縄・辺野古の抗議船『不屈』からの便り」(みなも書房)を出版するなど、辺野古移設に抗議する船長としてメディア露出もしていた。

 北海道出身だが、2006年に沖縄に移住。琉球新報の2022年4月25日配信記事では「不屈」の船長として取材に応えており「基地問題は日本全体で考えるべきだ。沖縄だけを犠牲にして済むと思わないでほしい」と語っていた。

 平和学習として辺野古の海を見学するというのはあり得ることだが、抗議船に乗るというのは意外だ。「修学旅行の行き先を沖縄にして、ひめゆり平和祈念資料館などひめゆり学徒隊の歴史を学ぶということはよく聞きます。今後、損害賠償や補償という話にもなり得ますが、保険の有無も問題となるでしょう」(教育業界関係者)

 抗議船に乗ることになった経緯が重要となりそうだ。