“ミギータ”の愛称で親しまれたソフトバンクの元外野手・真砂勇介さん(31)は、プロ野球を離れた後、社会人野球でのプレーを経て2024年シーズン限りで現役を引退した。25年から福岡の産業資材商社「株式会社オーテック」で営業マンとして第2のキャリアを歩み出している。アルバイト経験すらない世界に飛び込み、覚えることだらけの毎日――。“オールドルーキー”の挑戦を追った。

 京都・西城陽高から12年ドラフト4位でソフトバンクに入り、22年までNPBでプレー。その後は社会人野球の日立製作所(茨城)で2年間プレーし、24年シーズンをもって現役生活に区切りをつけた。「もう野球はやり切った。家族と福岡で暮らしたかった」と真砂さん。茨城での生活は、九州出身の妻にとって負担が大きいと感じていたという。

 就職した「株式会社オーテック」では、半導体から土木・建築資材、樹脂加工品、ホース関係ゴムマットなど幅広い商品を扱う。営業として挑む新規開拓では、型番や仕様、用途など覚えるべき情報は膨大だ。「まずはお客さまの知識に追いつかないと話にならない」。カタログに目を通し、現場に足を運びながら理解を深めている。

 社会人経験はゼロ。学生時代にアルバイトをしたこともなく、「『お世話になっております』という言葉も知らなかった」。打ち合わせでは聞き慣れない用語が飛び交い、会話のスピードについていけない場面も少なくないが、「分からないままにしない」と一つひとつ確認しながら、社会人としての言葉や振る舞いを身につけている最中だ。

営業マンとしての現在を語る真砂勇介さん
営業マンとしての現在を語る真砂勇介さん

 野球とは勝手が違う世界だが、現役時代に培った姿勢は生きている。「僕から買いたいと思ってもらえるように動くだけ」。義父が社長を務める会社ではあるが、既存の取引先を回るだけでは会社は大きくならないと考え、新規の取引先開拓に力を注いでいる。ホース1本でも自分で提案し、地道に信頼を積み重ねている。

 現役時代、最も世話になった存在が柳田悠岐だった。自主トレも食事も共にし、「後輩の中で一番お金を使ってくれたのは僕だと思います」と照れたように語る。「お兄ちゃんみたいな存在」。迷いがあった時には「勝ち負けは気にせんでいい。自分の成績だけ考えろ。お前が良くなればチームが良くなる」と声をかけられ、何度も救われたと明かす。

 昨季、ホークスが日本一になった瞬間はニュースで知った。「すごいとは思いますけど、うれしさとは少し違う」。時間がある時には元同僚の成績をスマホで確認する程度だ。相手投手を細かく分析していた“野球の目”は薄れつつあるが、球場で過ごした時間は、社会人1年目の確かな土台になっている。

 福岡を選んだ理由には家族の存在がある。妻の実家が近く、生活の基盤を築きやすい。「野球があったから今がある。だから恩返しもしたい」。休日が合えば、野球教室などに協力したい思いも持っている。

 今は営業としての地盤固めが最優先だ。「売り上げを上げたい。会社を大きくしたい」。1年かけて仕事の流れをつかみ、その先でどう貢献できるかを描いていく。

オーテック社屋前でバットを手にポーズを決める真砂さん(提供写真)
オーテック社屋前でバットを手にポーズを決める真砂さん(提供写真)