ノーベル生理学・医学賞が6日に発表され、制御性T細胞を発見した大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任教授の坂口志文氏(74)が受賞した。昨年、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の平和賞受賞に続き、日本の受賞は2年連続。生理学・医学賞は2018年の本庶佑京都大学特別教授以来、7年ぶり6人目の快挙となった。
滋賀県生まれで、1949年に日本人で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹氏の快挙に「物理学者がノーベル賞をもらって、子供なりに科学者ってのはすごいな」と感銘を受けたという。京大医学部卒業後、研究の道に入ったが、当初は免疫学は人気のない分野だったため、研究費を稼ぐのに苦労した。「(米財団から)たまたま奨学金を得ることができたので、じっくり研究ができた」と振り返った。
妻の教子さん(71)と二人三脚で研究に取り組み、体内の過剰な免疫反応を抑えるリンパ球の一種「制御性T細胞」の発見につながった。免疫療法の発展につながり、将来的には糖尿病やがん、リウマチなどのさらなる治療法の確立が期待される。
受賞には「学生諸君、共同研究者の方々、そういう長い間、一緒に過ごしてきた方々に感謝しております」と言葉を並べ、出身地の滋賀・長浜にも触れ「高校時代まで長浜におりました。琵琶湖にも伊吹山にも近い。なかなかいいところで育ったなと思っております。育ててくれた両親にも感謝しております。一緒に学校に行った近所の方々にもお世話になり感謝しております」と終始、お礼の言葉を述べた。
大阪大学での受賞会見の最中には、石破茂首相や阿部俊子文科相らから相次いで祝電が届き、報道陣の前での公開やりとりとなった。米財団の助けで研究に取り組めた経験から坂口氏は「日本も民間で支援組織、財団がたくさんできてサポートできる社会を成熟していくべき」「日本の基礎科学に対する支援というのが不足している。同じGDPであるドイツと日本を比べると、免疫の分野では(研究費が)3分の1です」と自身の受賞の喜びよりも研究費の支援を訴えた。
坂口氏の名前である志文(しもん)の由来は祖父が「名前は人と区別するためにあるのだから、他にない名前をつける」と父親に伝え、聖書の一ページに記されていた名前から取ったという。
長年、ノーベル賞候補に名前が挙がり、待ち望んでいた母親は昨年他界した。兄・偉作さんは母親に吉報を届けることができなかったことを残念がったが、祖父や両親、妻らの思いがようやく実り、人類の英知の結集ともされるノーベル賞にその名を刻んだ。










