世界的人気を誇るプロレスラーのハルク・ホーガンさん(本名テリー・ボレア)が24日、米フロリダ州クリアウォーターの自宅で急死した。71歳だった。

 複数の米メディアによると、ホーガンさんは24日早朝、自宅で心臓発作を起こして緊急搬送され、病院で死亡が確認された。「TMZスポーツ」によると、ホーガンさんは5月に首の手術を受けた後、首と背中の問題のため先月も入院していた。このため「健康状態が悪化しているという噂が飛び交っていた」という。

 フロリダ州タンパ出身で、ヒロ・マツダに師事して1977年にマスクマンとしてデビュー。79年に「ハルク・ホーガン」のリングネームでWWF(現WWE)入りした。フレッド・ブラッシーをマネジャーに就けて頭角を現し、82年には映画「ロッキー3」に出演して知名度を上げた。

 80年から新日本プロレスに参戦して、右手人さし指を突き上げる「イチバァーン!」ポーズで人気を得た。83年6月2日の「IWGP決勝リーグ戦」では決勝戦で、アントニオ猪木を必殺技のアックスボンバーで場外KOして優勝。猪木が舌を出して失神したシーンは、日本中に衝撃を呼んだ。

 日本で名を上げてから、本国のWWFで一気にブレーク。84年1月にアイアン・シークからWWF世界ヘビー級王座を奪うと、巨体の強豪を相手に防衛を重ねて人気爆発。熱狂的ファン「ハルカマニア」をつくり出した。87年の祭典「レッスルマニア3」では〝大巨人〟アンドレ・ザ・ジャイアントにフォール勝ち。シルバードームには9万3173人の大観衆を集めた。

 93年にWWFを退団し、94年にライバル団体だったWCWに移籍。96年にはケビン・ナッシュ&スコット・ホールとユニット「nWо」を結成して、「ハリウッド・ハルク・ホーガン」となって悪党に転向した。「nWo」のロゴの入った黒いTシャツは大ヒットして、日本でもホーガンさんと同盟を結んだ蝶野正洋率いる「nWоジャパン」が社会現象にまでなった。

 2002年にはWWFに復帰した。同年4月の「レッスルマニア18」では、現在はハリウッドスターの「ドウェイン・ジョンソン」として活躍するザ・ロックと一騎打ち。敗れはしたもののプロレス史上に残る名勝負を繰り広げ、超人健在を見せつけた。05年にはWWE殿堂入りを果たした。

 一方でリング外では90年代のステロイド(筋肉増強剤)訴訟や、1012年には性行為を盗撮されたテープの流出、15年には過去の人種差別発言が指摘されるなど、数々のスキャンダルにも見舞われた。最後のWWE登場となった今年1月のロウでは恒例のマイクパフォーマンスを行ったが、ロサンゼルスの観衆からまさかのブーイングを浴びて話題になった。

 それでもプロレス界に残した功績は偉大だ。WWEでCCO(最高コンテンツ責任者)を務め、現役時代には激闘を繰り広げたトリプルH(ポール・レべスク氏)は自身のXに「ハルクスターのような存在は他になく、今後も現れないだろう」などと追悼した。