【今週の秘蔵フォト】1980年代に全日本女子プロレスでトップアイドルレスラーとなり、後のクラッシュギャルズの爆発的人気の基盤を作ったミミ萩原は、プロレス入り前から歌手として活動していたが、84年4月に引退後も芸能活動を続け、アイドルとして活躍した。
プロレス入り前には72年に「仮面ライダー」でドラマデビュー。73年には「ミミ」の芸名で歌手デビュー。3枚のシングルと1枚のアルバムを残した後に、78年2月にプロレスデビューを果たしてリング上で一時代を築いた。
87年5月23日には渋谷のライブハウスで初コンサートを行い、同年5月26日付本紙では、ステージにかける意気込みを語っている。5月16日に離婚してタレント活動を再開したばかりだった。
ライブではロック、ジャズなどのスタンダードナンバーを1時間半にわたり熱唱。ライブ直後のインタビューだっただけに、興奮気味に「ステージ中心にやっていきます。歌と踊りは離したくないですね」とビールをうまそうに飲み干した。
ライブでは自作の英語曲「タッチ・ミー」を披露。「日本語にすると『あなた、触って。あなたのやり方がスキ…』。過激でしょ」と屈託なく笑った。7月には「午前0時のティータイム」、秋には「ホワイトクリスマス」のミュージカル、さらにはライブ活動、映画やテレビなどスケジュールがびっしり。「これから第二の人生が始まると思っています。芸能界で頑張っていきます」と前向きに語った。
さらには「もう結婚はしないです。でも恋愛はいっぱいしますよ。募集します。誰かいませんかね」と笑った。好きな男女が一緒に暮らし、他に好きな人ができたら別れる。そんな男と女の関係が理想だという。
「あまりいないかな、そんな男性。でもそんな男性を探しています」と真顔で語った。
その後もドラマや映画などで活躍。一時休養を経て、現在もダンスパフォーマーとして活躍している。 (敬称略)












