大相撲元関脇逸ノ城の三浦駿氏(30)の高校時代の恩師である、鳥取城北高校の石浦外喜義校長が、教え子への思いを明かした。

 都内のホテルで11日、三浦氏の断髪式が行われた。会場には家族のほか大関霧島(陸奥)、音羽山親方(元横綱鶴竜)ら約400人が出席した一方、確執がささやかれている師匠の湊親方(54=元幕内湊富士)は出席せず。そのため石浦氏が止めばさみを務めた。

 石浦氏は三浦氏が高校卒業後、即入門せず、あえて相撲浪人の選択肢を選ばせた。「相撲の面では問題なかったが、真面目でおとなしい子だった。精神的な部分も含めて、もう少し教えたいことがあった」。体づくりにはげみ、体重は180キロまで成長した。「完璧な体になっただけでなく、後輩の面倒もしっかり見ていた」と成長を実感していた。

逸ノ城(右下)のまげにはさみを入れる鳥取城北高校の石浦外喜義校長
逸ノ城(右下)のまげにはさみを入れる鳥取城北高校の石浦外喜義校長

「食べることが大好き」という三浦氏だが、石浦氏によると「高校時代はジュースやお菓子などは禁止させていた」。幕下付け出しデビューから主要5場所での新関脇、新三役という、スピード出世を果たし「あんなに早く上がるとは思わなかった」と石浦氏を驚かせた。

 しかし、その後は順風満帆な相撲人生とはいかず。2022年の名古屋場所では悲願の初優勝を果たした一方で、同年12月にはコロナ対策の規則違反で1場所出場停止処分を受けた。

 持病の腰痛に苦しみ、30歳という若さでの引退に石浦氏は「何でも食べるのが好きだっただけに、もう少しそこをちゃんとしてほしかった」思わず本音をのぞかせた。力士としてさらなる出世を期待された逸材だっただけに、このような結末を迎えるのは残念な思いがあるのだろう。