【デンジャラスクイーンの真実#22】1992年9月19日。FMWの横浜スタジアム大会で女子プロレス初の団体対抗戦がスタートしました。ブル中野と組んだ私はFMWの工藤めぐみ、コンバット豊田組に勝利。ここからJWP、LLPWが加わり、93年4月2日の全日本女子プロレス横浜アリーナ大会では、ついに神取忍とのシングルマッチが決まりました。

 この大会は全女の25周年大会で、女子の4団体が集まる初のオールスター戦。神取との試合は「デンジャラスクイーン決定戦」とキャッチコピーがつけられました。大会に向けた会見は忘れられません。私が「うるせえ!」ってコップの水をかけたら、神取も投げ返したかったんだけど、何もなかったんでしょうね。クツを脱いで投げてきたんです。もはや、駅でケンカするオヤジ同士ですよね(笑い)。

 メインは全女の豊田真奈美&山田敏代対FMWの工藤めぐみ&コンバット豊田。私と神取のシングルはセミファイナルでした。でも自分がメインだと思っていましたし、話題性でも私たちの戦いを超えることはできないだろうという自信がありました。

 とにかく神取とはバチバチでした。後から知ったのですが、横浜は神取の地元だったんですよね。入場ゲートから出ていったときの声援もすごかった。神取のファンは私のことが大嫌い。私のファンは神取が大嫌いで、ファンも巻き込んでいたと思います。

 お互いに団体をかけて試合をしていますし「お前ら、老舗じゃないだろ!」っていう意識が強くて。特にセミとメインは伝統を背負っているわけですから、2つ持っていかれたら大変なことになります。とにかく感情的な部分も含め神取のすべてが嫌いでした。向こうも気に食わなかったと思うし、それがよかったんじゃないかと思います。

 試合中、テーブルの上にパイルドライバーで頭から落とされて、私は大流血。今でもその傷痕があります。試合は30分37秒、私の勝利。父親が試合を見に来ていて、泣いて帰ったそうです。

 2022年9月、ジャンボ堀さん(※)の還暦パーティーで撮った私と神取が写っている写真をSNSに上げたことがあります。だけど「あのころはこうだったよね」と仲良くしたいとは思いません。このところ「神取さんとテレビに出ませんか?」というオファーもいただくのですが、全部断っています。なぜかと言いますと、それも青春の宝ですから。

 対抗戦はこの後も続きます。私と神取の戦いも、これで終わることはありませんでした。

 ※ 大森ゆかりとの「ダイナマイトギャルズ」で活躍した女子プロレスラー。