「バナナシュート」で一世を風靡した「サッカーの王様」ことペレ(本名エドソン・アランテス・ド・ナシメント)さんが、29日に死去したことが本人のSNSを通じて明らかにされた。82歳だった。がんを患い、11月末に再入院したが、容体は深刻と報じられていた。

 ペレさんはブラジル南東部ミナスジェライス州トレス・コラソンエス出身。貧しい環境で育ち、丸めた洗濯ものをボール代わりにしてサッカーに親しんだ。名門サントスとプロ契約を結び、1957年、16歳にしてアルゼンチン代表戦でセレソン(ブラジル代表の愛称)デビュー。計4回のW杯に出場し、58年スウェーデン大会、62年チリ大会、70年メキシコ大会と3度の優勝の原動力となった。

 背番号10が繰り出すキックは、曲がり具合から「バナナシュート」とも称され代名詞に。代表通算77得点は、今年のW杯カタール大会でネイマールに並ばれるまで単独首位で、通算1283ゴールもクリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル)に抜かれるまでトップだった。

 71年に代表を引退後は、75年にサントスからサッカー後進国・米国のニューヨーク・コスモスへ。77年に現役生活を終え、同年9月に日本で行われた「ペレ・サヨナラゲーム・イン・ジャパン」では、約6万5000人が東京・国立競技場に詰めかけた。コスモスと日本代表が対戦したこの試合は、日本屈指のストライカー・釜本邦茂氏の代表引退試合でもあり、2人はユニホームを交換し、出場選手たちに肩車された。

 ペレさんは72年にもサントス対日本代表(国立)で来日し、後半に2ゴールを決めて日本のファンの目に華麗なプレーを焼き付けた。84年に国立で開催された釜本氏の引退試合では、同氏が所属するヤンマーに友情参加し、日本リーグ選抜と対戦。試合後は同氏を肩車で担いだ。