元日本テレビのプロデューサーでJ1時代の東京Vで取締役だった福田泰久氏(65)の著書「WorldCupの記憶~少年とテレビとサッカーと~」(春陽堂書店)が発売された。長年、日本サッカー界を見てきたテレビマンが、その舞台裏などを振り返った。
  
 これまでディレクターやプロデューサーとして多くのスポーツ中継や番組制作にかかわってきた福田氏は、今年8月に日本テレビを退社。これまでW杯を7大会、五輪(夏季&冬季)を11大会など多くのビッグイベントの現場を経験。東京五輪では組織委員会に出向し、放送部門のヘッド・オブ・ブロードキャストを務めた。そうした貴重な体験をまとめた著書が発売となった。

 福田氏 全国高校サッカー選手権やトヨタカップ(現クラブW杯)でしょ。W杯は1990年のイタリア大会からかな。日本ではまだメジャースポーツではなかった時代に、どうしたら一般の方に知ってもらえるかに取り組んできた。みなさんが〝ドーハの悲劇〟など記憶しているシーンがあると思うが、映像して残っているからこそ。大げさに言えば、映像がなければ〝起きなかった〟ことと同じかもしれない。

 1993年の米国W杯アジア最終予選に臨んだ日本代表は最終イラク戦のアディショナルタイムに失点。引き分けて出場権を逃した。開催地にちなんで「ドーハの悲劇」として語り継がれている。象徴的なシーンの一つとしてベンチにいたFW中山雅史が同点に追いつかれた際、ピッチに倒れ込むシーンがあるが、これはテレビマンたちの力で〝記録〟されたものだった。

 福田氏 試合自体はライブの国際映像であったが、民放各局は1台ずつ録画用のカメラを持ち込んでいた。W杯出場決定の瞬間をとらえようと、民放で担当の選手を決めて、その瞬間をおさえることになった。選手は11人、監督もいて、すべてを映像でおさえることはできなかったから。それで中山が倒れ込むシーンが撮れた。あれはスチール写真も撮れていないし、われわれの映像にしか残っていない。現場にいた人ですら見ていなかったかもしれない、あの場面が後世まで語りつがれたのは映像の力だ。

 キング・カズこと元日本代表FW三浦知良(55=JFL鈴鹿)とも親交がある。ブラジルでプロを目指していた18歳当時にインタビューをし「夢はワールドカップに出ることです。日本を連れていきたい」と語ったシーンは、カズの原点として何度も繰り返して放映された。まだ、あどけなさの残る初々しいストライカーを覚えている人も多い。

 福田氏 カズとは縁があった。いろいろなクラブを渡り歩き、経験を積んで、ブラジルでも注目される存在になったわけだけど、90年にサントスへの入団会見を取材した。カズをリポーターにして現地のストリートサッカーも紹介した。私が担当した1991年のキリンカップ中継で初めて〝カズダンス〟を踊ったんだよ。
  
 他にも1994年米国大会でイタリア代表FWロベルト・バッジョが決勝でPKを外したシーンや2006年ドイツW杯でフランス代表MFジネディーヌ・ジダンが頭突きで退場になった場面などを裏話やエピソード、福田氏の体験を交えて紹介されており、サッカーファンならずとも興味深い一冊と言えそうだ。