都内の日本競輪選手会本部で5日、9月29日に引退を発表した村上義弘(48=京都)の引退記者会見が行われた。朗らかな表情で現れた村上は引退決意の深奥と、競輪への思いを語り、その28年間の燃える歴史に幕を閉じた。

「誰よりも幸せな競輪人生を送れたと思う」

 席に着いた村上義弘には、選手時代のみなぎる緊張感と、戦士の顔はなかった。優しさと穏やかさが会見場に満ち、率直な引退の理由が明らかにされた。「燃え尽きた。競輪選手として心身ともに完全燃焼できた、と思えたから」。村上のテーマソングは〝あしたのジョー〟。灰になった自分に気づいた時が、その時だった。

 2012年京王閣、16年立川と2度のグランプリ制覇に、日本選手権4度を含むGⅠ6勝。燦然と輝く成績を残したが「自分の理想とする日本一の競輪選手には残念ながらなれなかったが、自分の歩んできた道のりに後悔はありません」と話した。日本一、と評すことを誰も疑うものはいないが「自分の中の日本一は速くて、うまくて、強くて。そういう面では日本一ではなかった」と笑った。

 謙遜も含めてだろうが、子どものころから憧れた派手に輝くヒーローではなくとも、汗と涙にまみれた日本一のスーパーヒーローだった。

 決意したのは9月12日に松阪競輪の最終日を走った後――。直後には何よりも大事にしてきた地元の向日町競輪場で開催されるGⅢ「平安賞」が控えていた。が、欠場=引退を選んだ。

「誰よりも愛した向日町バンクで最後に走ることも考えましたが、おそらくその気持ちで走ると、レースに影響を与えるし、それはファンに見せてはいけないものだろうし、選手に悟られてもいけないもの。それを考えた時に、走るべきではない」と判断したと明かした。

 会見では弟・博幸(86期)の「普通の師匠と弟子、普通の先輩と後輩、普通の兄弟とも違う、自分たち兄弟でしか成り立たない関係があったからこそ、今の自分があると思います。心から感謝しています」といったメッセージが読み上げられ、また、戦友の2人・山口幸二氏(引退=62期)と市田佳寿浩氏(引退=76期)が駆けつけ花束を贈った。

「競輪選手というのは他のプロスポーツと違って、直接、ファンの思いを、おカネを賭けることで託される。もし自分がおカネを賭ける立場なら、自分のすべてを背負ってほしいと思う」

 その信条が戦う姿勢を貫かせた。〝ファンとともに走る〟。もうその姿は見られないが、これからも競輪を応援する心は変わらない。今後については「突然の決断でしたし、全く白紙です。ゆっくり家族孝行できれば」と話した。痛んだ体を癒し、また外から競輪を支える日が来るはずだ。

☆むらかみ・よしひろ 1974年7月6日生まれ、京都府出身。170センチ、75キロ。1994年4月に小倉競輪場でデビューし、通算2236走、655勝。GP2勝、GⅠ6勝、GⅡ5勝。