【多事蹴論(49)】世界的名将の意外な金銭感覚とは――。2006年ドイツW杯後に日本代表指揮官に就任したイビチャ・オシム監督は今年5月1日に自宅のあるオーストリア・グラーツで亡くなった。死因は心臓発作とみられている。享年80。スペイン1部レアル・マドリードから監督オファーが届いたほどの名将である一方、お金に“ルーズ”で各関係者を困らせていた。

 06年にオシム監督との契約交渉を担当した日本サッカー協会の田嶋幸三技術委員長(現会長)が「お金の話をしようとしたら怒られた」と語っていたように、金銭にこだわっていない。千葉監督時代もクラブが送付した契約書の封も開けないまま自宅のテレビの上に放置。オシム監督は「私にとっては大した問題ではない」と繰り返したそうだが、大事な契約書にサインをもらうのもひと苦労だったそうだ。

 そんなオシム監督が千葉を率いていた時代に出版された「オシムの言葉」(集英社インターナショナル)は、世界で活躍してきた指揮官のサッカー哲学が詰まった至極の一冊だ。スポーツ界のみならず、世間的にも大きな話題となり、スポーツ関連書籍としては驚異的な50万部以上を販売。文庫版などを合わせれば100万部近い部数になり、収入は「億超え」といわれていた。

 通常、売り上げの10%が印税収入。筆者とオシム監督が協議し、分け合うことになるが、それでも数千万円の収入だ。しかし指揮官は前出のように「まったく興味がない」というだけで“無視”。こうした現状を見かねた息子のアマル(元千葉監督)がマネジャー役を買って出て、出版元や筆者らと交渉を重ね、ベストセラーの印税として数%を取り分とすることで合意したという。

 大金が手に入ることになったが、オシム監督の強い意向で書籍に関する収入は母国ボスニア・ヘルツェゴビナの恵まれない子供たちに寄付することになった。指揮官は「戦争で親を失った子供たちが少しでも苦労しないように支援してやってほしい」。その後も関連書籍で印税などが発生した場合はすべて寄付。また書籍以外にも“本業”以外で得られる収入については、ほとんどを母国に還元していたそうだ。

 日本代表監督に就任後も、さまざまな場面で収入を得られることになるが、あるときに「その金でボスニアの子供たちを支援してやってくれ。サッカーができるようにスパイクやボールなど用具を送ってくれ」と指示。その上で「本当に届くかわからないから大使館を経由してほしい。知り合いがいるから子供たちに届くようにキチンと送ってくれる」と発送方法に注文を付けたという。

 お金には周囲もあきれるくらい無頓着だったが、母国をサポートする慈善活動にはサッカーの指導以上に熱心だった。(敬称略)