肺炎による多臓器不全のため12日に死去した演出家・蜷川幸雄さん(享年80)の遺体は13日午後4時48分、東京・東久留米市の自宅に無言の帰宅となった。約40人の報道陣が見守る中、白い布にくるまれた遺体はストレッチャーで自宅に運び込まれた。

 長女で写真家の蜷川実花氏(43)は、同日午後6時すぎに駆けつけた。黒の喪服姿で報道陣のフラッシュを浴び「お疲れさまです」と小声ながら落ち着いた表情で会釈し、実家に入った。

 関係者によれば、実花氏は12日、蜷川さんの最期をみとれなかったものの、同日中に亡きがらに対面したという。女優・真山知子として活躍した妻の宏子さん(75)も自宅で遺体に寄り添い、悲しみにくれた。

 蜷川さんが若手時代に俳優として所属した「劇団青俳」の同期で女優・市川夏江(80)が弔問に訪れ「とてもいいお顔をしていてホッとしています」と涙ぐみながら話した。蜷川さんは市川が作ったゆで卵が好物だったそうで、市川はこの日、お手製のゆで卵をお供えした。「半熟過ぎると『もっとゆでろ!』と言われました」と苦笑いして懐かしそうに振り返った。

 また、市川によれば、蜷川さんは親しい知人の間で「キンちゃん」と呼ばれていたという。歌舞伎役者の故萬屋(中村)錦之介さん(享年64)の「錦」に由来。草野球でサードを守っていた蜷川さんは当時、ルックスが錦之介さんに似ていたそうで、一般人から「中村錦之介!」と声が飛んだ。おもしろがった知人が蜷川さんを「キンちゃん」と呼ぶようになったという。

 この日、同様に弔問に訪れた関係者は「蜷川さんは“武士”のようなお顔をしていました」と表現。穏やかな表情ながらも、演出家として若手役者を鼓舞していた往年の力強さを感じたようだ。タレントの黒柳徹子(82)らから多くの供花が届けられた。