【大みそかバトル激闘史5】注目を集める大みそか決戦だからこそ、逆に豪華カードが〝埋もれてしまう〟ケースもあった。その代表的な試合が、2009年大みそかの格闘技イベント「Dynamite!! ~勇気のチカラ2009~」(さいたまスーパーアリーナ)で行われた石井慧 VS 吉田秀彦の一戦だ。国民的話題となってもおかしくない柔道金メダリスト対決はなぜ〝埋没〟する事態となったのか――。
石井は08年8月に北京五輪の柔道男子100キロ超級で金メダルを獲得。最重量級で見せた強さに加え、優勝直後のインタビューで「オリンピックのプレッシャーなんて斉藤(仁)先生のプレッシャーに比べたら、屁の突っ張りにもなりません」と話すなど、奔放な言動もあって注目を集めた。同年11月にプロ格闘家転向を表明。世間の注目を集める中、格闘技ファンのみならずお茶の間の関心事となったデビュー戦は、09年大みそかの吉田秀彦戦に決まった。
だが、この試合は試合前の盛り上がりとは正反対に、結果的には格闘技関係者から「試合の印象が残っていない」「残念だけど、格闘技ファンの視野に入らなかった」との声があがる試合になってしまった。その背景には試合内容もあるだろう。高まるだけ高まった期待感の中行われたものの、結果は判定で石井の負け。ともに攻め手を欠く、いわゆる〝塩試合〟となってしまったからだ。
だが、それ以上に時代背景が味方をしなかった。この一戦は当初、格闘技イベント「戦極」改め「SRC」の大みそか大会で行われる予定だった。しかし、11月になってSRCは大みそかに大会を行わず、K―1とDREAMを主宰するFEGのイベント「Dynamite!!」に協力してDREAM勢と対抗戦を行うことを発表。その影響で石井 VS 吉田も「Dynamite!!」で行われることになった。
当時格闘技イベント「DREAM」のイベントプロデューサーだったRIZINの笹原圭一広報は当時をこう振り返る。
「いい言葉で言えば『みんなで力を結集して』となりますが、実際はそうするしかなかったっていう感じです。それでもK―1、DREAM、戦極があってすごいカードになったんですよ。さいたまスーパーアリーナがスタジアムバージョンで満員でしたから。大みそか格闘技でスタジアムでやったのはこれが最後のはずです。いうなれば、線香花火の最後みたいな感じでしたね」
3団体のオールスターが集結し、試合は17試合行われた。その中には無差別級トーナメント「スーパーハルクトーナメント」の決勝戦や5試合のDREAM―戦極の対抗戦、メインではカリスマ・魔裟斗の引退試合も。そしてセミでは青木真也が対戦相手の廣田瑞人の右腕を折った上に中指を立てて批判を集める〝事件〟まであった。そんなサラダボウルのような大会の中、通常ならメイン級の石井 VS 吉田の試合は第13試合で〝埋没〟することになり、先のような「印象の残らない」結果になってしまったのだった。
その後、吉田は翌年4月の中村和裕戦で判定負けを喫し、引退。石井はこのデビュー戦から日本のみならず世界中様々なリング、ケージを渡り歩き、現在はK―1に参戦するなどしている。












