法華津寛78歳が語り尽くした馬術人生60年 昭和、平成、令和3時代で五輪出場狙う

2019年04月06日 11時00分

東京五輪でペアを組む愛馬「ザズー」号と法華津

【「令和」に刻む東京五輪 気になる人をインタビュー】夢の祭典・東京五輪へ向けて各競技で本格的に選考レースが始まる中、本紙では気になる人にスポットを当てた新連載がスタート! 第1回は79歳4か月の史上最高齢出場を目指す馬術の法華津寛(ほけつ・ひろし=78)だ。前回の東京大会(1964年)に出場し、昭和、平成、令和の3時代で五輪出場を狙う“生きる伝説”が本紙の独占インタビューに応じ、脳裏に焼きついた55年前の光景、いまだ忘れられぬ悔恨の情など60年の競技人生を語り尽くした。

 ――東京五輪を人生に2回観戦するだけですごいのに2回出場とは…

 法華津:ハハハ、間に50年以上もあるからね。確かに現実になったら自分でも大変なことだと思う。(2016年)リオ五輪(馬の体調不良で断念)が終わったら辞めるつもりだったけど、もうちょっと乗ってみようと思って、なんとなく続けてきた。そうしたら目指せそうな感じになってきたのでね。

 ――今はドイツを拠点に練習。出場へ向けたビジョンは

 法華津:今、18歳のブリオーニ、14歳のザズーの2頭(ともにセン馬)を持っている。馬の性格としてはザズーのほうが合うね。大きくて手足が長い馬なので、見栄えもいいでしょう。2月初旬に(12年)ロンドン五輪以来、久々にドイツ国内の大会にザズーと出場したんだ。成績は大したことなかったけど、これからいくつか大会に出て馬の進歩次第で五輪は現実的になる。(ペアは)ザズーしか考えていないよ。

 ――前回の東京五輪で忘れられない光景は

 法華津:今でも鮮明に覚えているのは、競技場に入場して敬礼した時。人がいっぱいで「すごい人だなぁ」って思ったね。我々にとってオリンピックなんて夢物語だったから、まさしく夢の舞台に立った感慨でした。うれしかったねぇ。でも、悔しい思いもあって…。

 ――成績(個人40位)か

 法華津:いや、競技の2日前だ。日本の練習前、僕は英国チームの連続障害の練習を見ていたんだ。通常は障害の間が7・5メートルだけど彼らは6・5メートルに縮め、その代わり障害を低くしていた。で、日本の番になったら、あるコーチが「障害を元の高さに戻してやれ」って言う。ボクは「高さを戻すなら幅も広げないとダメです」って主張したけど、そのコーチは「オレが言ってるんだから大丈夫だ」って。でも「ボクは飛びたくない」と言い張ってね。

 ――当時は上に絶対服従の時代。反発することは珍しかったのでは

 法華津:いや、ボクは部活動の経験はないし、乗馬クラブで育った人間だから上意下達なんて気にしなかった。まあ、生意気だったんだろうね(笑い)。とにかく誰も意見を言ってくれない。結局、キャプテンに「ホケ、おまえ調子いいんだからやれよ」って言われ、無理やりやらされた。案の定、馬が怖がって止まってしまった。

 ――その時のコーチの反応は

 法華津:ケロッとしていたね。僕は今でも怒り心頭だよ(笑い)。競技の2日前に馬が恐怖心を持ったらおしまい。馬は生き物だからね。(08年)北京五輪の時も同じようなことがあった。大型ビジョンが競技場の真正面に設置されていて、そこへ向かって歩くコースだったので、危ないと思って馬に声をかけた。どうやらボクが口を動かす映像を撮ろうとしたらしく、急にズームアップ。それに馬が驚き、後ろにスッ飛んでいったよ(笑い)。

 ――競技人生60年。体の変化や衰えは

 法華津:今、体重61・5キロだから前回の東京大会とほとんど変わってない。お酒も変わらず飲む。だいぶ好きだよ(笑い)。ただ75歳を過ぎてから、朝起きて「やるぞ!」っていう気が湧かない日がたまにある。半年前からは左足も衰えている。そういう強化トレーニングも考えないといけない。

 ――もし東京五輪に出られたら引退か

 法華津:もちろん。出られても、出られなくても東京五輪が最後。もう本当に辞めるよ。まあ、この年齢で1か月も馬に乗らなかったら、もう乗れなくなるからね。

 ――つくづく時代が変わったと思う瞬間は

 法華津:あるよ。例えばパソコンやスマートフォンをいじっているとき、何か問題が起きるともうどうにもならない。でも、今の子たちはサッとすぐに直すじゃない? そういうところが、時代の波に乗れていないね。引退したらパソコン教室にでも通うよ(笑い)。

【大記録までの道のり】まずは来年5月までの国際馬術連盟公認大会で一定の成績を収めて「出場最低基準」をクリアすることが条件。その上で国内の代表選考を勝ち抜く必要がある。日本は障害馬術、馬場馬術、総合馬術の3種目の「開催国枠」を持っており、馬場馬術の枠を狙う法華津は来年1月1日~5月24日の競技成績の平均で上位4人馬までに入り、来年6月2~7日にドイツ・アーヘンで行われる最終選考で代表3人馬とリザーブ1人馬が決まる。

☆ほけつ・ひろし 1941年3月28日生まれ。東京都出身。12歳で乗馬クラブに入会。慶大経済学部卒業後、63年に日本石油に入社。64年に東京五輪出場。デューク大大学院留学後、86年に外資系医薬品会社の社長に就任。定年退職後の2003年から再び五輪を目指して単身ドイツに馬術留学。08年北京五輪に44年ぶり出場、12年ロンドン五輪で日本人最高齢の71歳で出場。16年リオ五輪は愛馬の体調不良で出場断念。家族は妻と長女。168センチ、61キロ。