“小沢ガールズ”三宅雪子氏 入水自殺の引き金

2020年01月07日 16時45分

トラブル続きの政治家人生だった三宅元議員(2010年)

 トラブル続きの政治家人生だった――。元衆院議員で“小沢ガールズ”として有名だった三宅雪子氏(54)が遺体で発見され、永田町に衝撃が走っている。自殺とみられる。2009年の衆院選で初当選。元フジテレビの美人記者で、石田博英元労働大臣の孫でもあり注目されたが、10年の国会転倒騒動から批判されることが多くなっていた。近年はストーカー被害に遭っていると訴えるなど、精神的にかなりのダメージを受けていたというが、それが引き金になったのか?

「外出先から家に戻りました。色々考えて出した結論。いや。まだ、考えています」――。昨年12月30日に三宅氏は、こうツイッターに投稿したばかりだった。

 この日はたくさんのつぶやきを残しており「年末年始。今日はお金のやりくりで胃が痛いですね」「(オフコースの『さよなら』を聞いて)何だか泣けてきました」「死ぬまでにしたい10のこと。映画のタイトルです。余命を宣告された女性が髪を切ったり。いい映画です」などと意味深な内容が多い。

 三宅氏はこの日、都内の自宅からいなくなり、翌31日、港区の芝浦埠頭付近でリュックや靴が発見され、2日に東京湾の海岸で遺体が見つかった。遺書のようなメモも見つかっているという。

 政治家人生は波乱に満ちていた。小沢一郎氏からのオファーを受け、2009年の衆院選に民主党新人として福田康夫元首相の地盤である群馬4区から出馬。比例復活で当選し、小沢ガールズの中でもトップクラスの注目度だったが、10年5月の“転倒騒動”から風向きがガラリと変わった。

 衆議院内閣委員会の採決で混乱が起きた際、三宅氏は前のめりに転んでしまったのだ。自民党の甘利明氏が突き飛ばしたのではないか?と大騒動になったが、一方で「わざと転んだんだろう」などと批判が集中した。

 このころから政治活動以外の話題が多くなる。同年11月には自宅マンションの4階から転落して腰の骨を折る重傷を負った。酒に酔っていたというが、当時は選挙区をめぐってネガティブ情報を流されるなど、悩ましい時期で、自殺未遂説が流れたほどだった。

 その後もつえをつき、コルセットをつけた痛々しい姿で活動。日本未来の党の一員として迎えた12年の衆院選では、野田佳彦元首相の千葉4区で出馬。比例復活もできず落選した。その後、党を変えて13年の参院選にも挑戦したが、政界復帰はならなかった。

 14年以降もトラブルは続く。小沢氏元秘書とツイッターで公開ゲンカをして謝罪。15年には「生活の党と山本太郎となかまたち」を離党。ツイッターで支持者から嫌がらせを受けていることを理由に挙げていた。

 さらにストーカー行為を受けていると訴え始め、元支援者らと裁判ざたにもなったという。

 また、三宅氏は17年にツイッターで複数のアカウントを刑事告訴したと発表したが、19年になって告訴していなかったことが判明。ツイッターをめぐるトラブルが頻繁に起きており「ツイッターはやめた方がいいのではないか」と関係者から心配されることもあった。

 最近はルポライターとして活動していた。本紙記者も昨年12月、永田町の会合にライターとして出席している三宅氏を目撃、スマホを使って熱心に取材していた。だが一見、元気そうではあったが、転落事故の後遺症なのか動きづらそうにしていたのが印象的だった。

 三宅氏は労働問題などを中心にインタビュー取材をし、動画を公開していた。永田町関係者は「マイナーな話題でも、これぞと思ったらとことんやる。いい意味でしつこくて取材協力者がドン引きするほどだったといいます。それくらい最近は取材活動に熱が入っていました」と話した。

 10年の転落事故からの復帰パーティーで三宅氏は「私は2度神様に助けてもらった。子供のころにハワイのホテルで転落した。2回目は偶然ではない。神様が私に『お前まだ仕事が残っているんだろう。死んではいけない。戻ってきて仕事をしろ』と言われたと感じた」とあいさつしていた。

 ルポライターという次の仕事を見つけたかに思われたが、精神的に追い込まれていたのだろうか…。