AIはビジネスや医療の現場で活用されるもの――そんなふうに思っていませんか? 実はAIはスポーツの世界でも活躍しています。といっても、AI自身が運動をするわけではありません。スポーツ選手やスポーツを楽しむ人をアシストするために働いているのです。今回は、人とAIとの協調についてお話ししたいと思います。

【東京2020で活躍するAI】現在開催されている東京五輪でもAIが活躍しています。例えば体操。国際体操連盟によると、審判確認用の「シャドウシステム」としてAIが使用されているそうです。

 この技術では、競技場に設置された3Dレーザーセンサーで選手の身体の動きを正確にセンシングし、そのデータから骨格の動きを正確に把握。360度、あらゆる角度から確認することが可能なため、選手の手足の位置や関節の角度まで正確に捉えることができます。

 非常に優れたAIですが、今回担っているのはあくまで補助的な役割。まずは人間の審判による採点が行われ、その中で選手側から採点に関する問い合わせを受けた際に用いるのです。他競技のチャレンジシステムと同様ですが、ビデオではなくAIによる、より精密な検証を行えます。今回は、あん馬、つり輪、跳馬、平均台(女子のみ)の4種目で活用されているとか。

 体操に限らず、スポーツを審査・採点する上では疑惑の判定が過去に幾度となくありました。このAIの導入によって疑惑の判定がなくなり演技が正しく判定されれば、選手たちの努力は正しく報われます。AIの活用は、五輪に向けて準備をしてきた選手の皆さんにとって有益なものとなるのではないでしょうか。

【AIに美しさは理解できるのか】採点ミスを防ぐという観点ではAIの採用は非常に素晴らしいものです。技を確実にこなしていることを判定する場合、この採点方式は何よりも公平で正しいものと言えます。一方で体操をはじめとしたスポーツの中には、技の完成度とは別に観客の心に響く演技が存在していることも事実です。そのような演技をAIが見た場合、AIは美しさを感じることができるのでしょうか。

「美しさとは何か」という問いは、人間にとっても難題です。技をきっちり実施しているという点以外の、どんな要素に人間が美しさを感じるかということを説明することが難しいからです。美しさとは何かを表すルールを人間が考えることは難しいですが、たくさんの演技を見て美しいと感じる演技と美しくないと感じる演技を集めることはできるでしょう。それらをAIに学習させてあげれば、AIはそこから美しさに関する何らかのルールを導き出せる可能性はあると思います。美しさが過去のデータのみから学習できるのであれば、AIにも美しさを理解できる可能性があるということです。

 しかし美しいと感じる表現が、すべて今までのデータに存在しているとは思えません。人は時に、過去に類のない演技や突拍子もない動きに美しさを感じ取ることがあります。AIはあくまで過去に存在した大量のデータからルールを導き出しているにすぎません。そのデータからはどうやっても学習できない美しさがあるのだとすると、それをAIが美しいと感じることは現状は難しいです。

 人間に得意不得意があるように、AIにもそれはあります。人間にしか感じ取れない美しさをどのように学習していくのか、AIの進化から今後も目が離せません。

【人間とAIが協調する世界】AIと人間が協調する例として東京五輪で使用されているAIを挙げましたが、他の分野でもその流れは起こっています。

 ヤマハ株式会社が取り組むプロジェクト「Dear Glenn」で開発されたAIは、伝説的なピアニスト故グレン・グールドらしい音楽表現を再現し、演奏できるだけでなく、人間と協調して合奏することができます。

 三菱電機株式会社は、人と機械が混在する生産物流現場での作業効率向上のため、道を譲るといった人の協調動作をAIに学習させ、人の動きと協調する無人搬送車の開発を行っています。

 AIが進化することは決してAI至上主義を進めることではありません。人間は人間にしかできないことを、AIはAIの得意なことをそれぞれ担うのです。今後我々はますます、AIと人が互いを補ったり高め合ったりする世界へ向かっていくことでしょう。

 ☆おおにし・かなこ 愛媛県出身。2012年お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。博士(理学)。同年、NTTドコモ入社。16年から2年間、情報通信研究機構に出向。一貫して雑談対話システムの研究開発に従事。20年から大手IT企業でAIの導入や設計をリード。AIに関する講演や執筆、監修等も行う。著書に「いちばんやさしいAI<人工知能>超入門」。