【裏方で活躍する元選手】「自分の思っていた以上に仕事は楽しいです。現役時代に比べると、やることは多いですけどね」
ヤクルトの二軍施設・戸田球場で話を聞くと、表情には充実感が漂っていた。
江村将也さん(31)は日大から社会人「ワイテック」を経て2012年ドラフト4位でヤクルト入団。1年目から中継ぎ左腕として33試合に出場した。その後は左ヒジの故障もあり15年に戦力外。翌年からBCリーグ福島の選手、四国アイランドリーグ香川の投手コーチを務め、今季から打撃投手兼広報として3年ぶりにチームに戻ってきた。
「バッピ(打撃投手)は打者の打ちやすいところに投げ続けること。広報では試合中のコメント取りのタイミングが難しい。特に降板した先発投手にコメントをもらう時は気を使います。僕も投手でしたから、打たれた直後の投手の気持ちは痛いほどわかるので。自分もそういう時、ありましたから」
そんな江村さんには現役時代の忘れられない出来事がある。5年前の13年4月。広島戦(神宮)で前田智徳(現評論家)に死球を与え、左尺骨を骨折させたことだ。当時、前田は広島の大ベテランであり人気選手。死球直後のグラウンドは騒然となり、両軍ナインがもみ合う乱闘騒ぎに発展した。広島ファンの怒りはすさまじく、翌日から江村さんへの「報復」が始まった。
登板時の激しいやじに加え、広島遠征では球場内にいるだけで目の敵にされた。中には江村さんの実家に嫌がらせをするやからもいたという。
「自分が投げている時は気にならないのですが、登板時と降板時が特にすごくて。でも、前田さんはずっと『気にするな』と。その後引退して解説者になられてからも、僕のことを気にかけてくれました。本当に救われました」
つらい経験は今、同じ状況に遭遇する後輩へのアドバイスに役立てている。
今年4月に呉で行われた広島戦。2年目の中尾輝が田中広輔に死球を与えた試合。ベンチで落ち込む左腕に江村さんはあえてこう告げた。
「あそこに投げないとメシは食っていけない。気持ちを切り替えて頑張れ」と。
「打者に当ててはいけませんが、いい打者には勇気を持って内角を攻めないと抑えられない。裏方ですけど、今後も自分の経験を伝えることを含め、チームや若手のサポートをしていきたい」
黒子としてやれることはすべてやる。意気込みが伝わってきた。












