ホークス愛は止まらない――。KBCテレビ「アサデス。KBC」で長年ホークス応援隊長を務めるタレント・西田たかのり(58)は、1999年の福岡移転後初優勝からチームを追い続けてきた。テレビ、ラジオで親しまれる“ニシやん”が、王貞治会長との思い出や長年のホークス取材を振り返り、自身の歩みや素顔を語った。
北九州市八幡区(現八幡東区)で生まれた西田。小学3年から野球を始め、少年時代の憧れは王貞治だった。テレビ中継が終わると、風呂場にポケットラジオを持ち込むほど夢中になった。八幡大付属高(現九州国際大付属高)でも野球部に所属。この経験が後に現在の仕事へとつながる。
放送の世界を目指し、KBCでアルバイトのADとして働き、程なくリポーターも兼務。その後はFM福岡で裏方を務め、CROSS FMでは深夜の生放送でしゃべり手となった。ギャラはゼロ。それでも「自分の声が放送に乗るってのがうれしかった」と振り返る。
1998年、転機が訪れる。出演していたKBC「朝はポレポレ」でホークス取材を強化することになり、プロデューサーが出演者の中から高校球児を探したところ、西田に白羽の矢が立った。「高校野球をやってなかったら、ホークスに携わってないと思います」。さらに「地味だから」と、ハッピにハチマキというスタイルも誕生。当初は恥ずかしかったというが、飛行機、新幹線、船でもこの姿を貫いた。「ある時からこれを着た方が落ち着く。着てない方がそわそわする」と笑う。
当初は1年限定の企画だったが、99年にホークスが福岡移転後初優勝を果たし、翌2000年には連覇。チームが強くなったことも、企画が続いた理由だという。「だからもうホークスさまさまです」。数々の優勝を見届けてきた中でも、99年は「絶対外せない」。優勝時には、取材していた居酒屋が宣言通り全メニューを無料にして大行列になった光景も忘れられないという。
少年時代の憧れだった王会長とは、やがて取材する側として向き合った。初インタビューでは「気絶するぐらい緊張した」といい、言葉が出てこない西田に当時の王監督から「君が話し始めないと始まんないだろう」と声をかけられた。今も感じるのは野球への情熱だ。会長職に就いてからもキャンプで長時間立って選手を指導する姿に「この情熱はすごいな」と舌を巻く。
選手取材で心がけるのは「知ったかぶりはしない」こと。自らはファンと選手をつなぐ立場だと考える。「できたら人となりを聞きたい。ファンの人たちは普段の選手がどんな人か分からないんで」。長年追い続けても、その距離感を忘れない。
一方、正直過ぎる性格が災いしたこともある。グルメリポートで料理を「おいしくない」と口にしたことは「3回ぐらいあったかもね」(笑い)。店主から「営業妨害だから帰ってくれ」と怒られたこともあった。自身が「うまい」と紹介した店を、なじみのラーメン店主が信じて訪れ、味に納得しなかったことがきっかけだった。「僕のコメントを信じて足を運んで、お金払ってその料理を食べる人がいるんで、うそでおいしいとか言えんなと思って」。西田の実直な人柄がにじむ。
年齢を重ねたからこその夢もある。若い頃には舞台にも立ち、今度は自作のネタを披露する舞台をやりたいという。「還暦あたりにならないとできないネタってあると思うんですよ。若い人には分からない感覚とか」。9月4日には59歳。還暦を目前にしても、“ニシやん”は新たな笑いを届ける舞台を思い描いている。














