KBC「ぎゅっと」や「アサデス。ラジオ」などで活躍するタレント・太田江莉奈(29)。福岡・八女市茶のくに親善大使も務め、地元福岡で幅広く活動している。明るい笑顔が印象的だが、その歩みは決して平たんではなかった。挫折と挑戦、そして今の思いを聞いた。

挫折した過去も語った太田江莉奈
挫折した過去も語った太田江莉奈

 福岡県八女市出身。熊本県境に近い自然豊かな環境で育った。太田さんは「星が本当にプラネタリウムみたいだったんです」と振り返る。幼少期は極度の人見知りで、母親の後ろにもじもじしてしまうような恥ずかしがり屋だった。そんな娘を心配した両親の勧めで4歳からクラシックバレエを始め、19歳まで続けた。舞台経験を重ねるうちに、人前に立って表現することへの度胸が身についた。姿勢の良さは現在の仕事にも生きている。

 さらに大きな転機となったのが宝塚歌劇団との出会いだった。小学1年生で博多座の舞台を観劇し、星組トップスターだった安蘭けいに憧れた。「相手役になりたいというより、男役になりたいと思ったんです」と話す。その後、福岡県立輝翔館中等教育学校を経て福岡大学人文学部ドイツ語学科へ進学。八女から片道約2時間をかけて通学しながらアナウンサーを目指した。

いちご姫時代の太田江莉奈(提供写真)
いちご姫時代の太田江莉奈(提供写真)

 しかし就職活動は想像以上に厳しかった。全国約30社を受験したものの結果は不採用の連続。食事も喉を通らなくなった。「人生で一番苦しかった時期でした」。それでも諦めず挑戦を続け、大学時代にはいちご姫コンテストでフォトジェニック賞を受賞。大学4年時にはKBC「アサデス。」お天気コーナーへの出演が決定した。小学生の頃から見ていた番組だっただけに、うれしさのあまり涙が止まらなかったという。その後はお天気コーナー、芸能コーナーを合わせて7年間担当し、現在は「ぎゅっと」の立ち上げから携わり、テレビやラジオで活動している。人の魅力や思いを伝えることが大きなやりがいだ。

 仕事で大切にしているのは「自分の言葉」だ。アナウンサー受験時代、アナウンススクールの講師から「それはあなたの言葉ではない」と指摘された。「就活中は正解を探していました。でも今は、自分が感じたことを自分の言葉で伝えたいんです」。使いたいと思った言葉も、まずは家族や友人との会話で使い、自分の言葉として自然に話せるよう心掛けている。その思いはリポートやインタビューにも通じている。

 現在は八女市茶のくに親善大使としても活動し、地元の魅力発信にも力を注ぐ。「八女には本当にいいものがたくさんあるのに、まだ知られていないものも多いんです」。幼い頃から親しんできた珈琲大福をはじめ、八女の魅力をもっと多くの人に知ってもらい、地元に恩返ししたいという思いは強い。将来の夢は「福岡の顔になること」。その先には、育ててくれた八女への恩返しという大きな目標がある。

 挫折を乗り越え、挑戦を重ねながら、自分の言葉で人の思いを伝えるタレントへと成長した。「福岡の顔になる」という夢と故郷への恩返しを胸に歩みを続けている。

ぎゅっとポーズをする太田江莉奈
ぎゅっとポーズをする太田江莉奈