人気女優ブルック・シールズ(61)が、1978年の問題作「プリティ・ベイビー」(ルイ・マル監督)で11歳の時に少女売春婦を演じた後、ファンから受けた反応について回想した。米誌ピープルが1日、報じた。
シールズは1日に配信されたポッドキャスト番組「ザ・ボススティックス」に出演し、この映画が彼女にとって「初めての大作映画」だったと語った。
「撮影は本当に大変でした。ニューオーリンズにほぼ5か月間滞在した上に(1900年代の)時代劇だったし、撮影時間もすごく長かったし、しかも夏だったんです。だから私は3か月間だけ仕事をして、その後は学校を休まないように週末も仕事をしなければなりませんでした」とシールズは当時の苦労を振り返った。
しかし、この作品で彼女がスーパースターの地位に上り詰めると、注目度は一気に高まったとシールズは語った。
「それから私たちはその映画を持ってカンヌ国際映画祭に行ったんです。私に対する熱狂ぶりは凄まじく、大勢の人が群がってきて、私の髪を切ろうとしたりする人もいて、本当に狂気じみていました」とシールズは当時を振り返り、人々は彼女の「一部を欲しがっていた」と述懐した。
シールズはこの映画は「物議を醸した」作品だと付け加えたが、2012年に亡くなり、娘が20代になるまでキャリアをマネジメントしていた母親のテリーさんは、当初はこの作品がそのような結果を導くとは思っていう。
同作品は世界中の話題を呼んだが「それはフランス人監督(ルイ・マル)にとって初めてのアメリカ映画だったんです。だから私たちはとても誇りに思っていました。母はいつも私をフェリーニの映画やアート系の映画に連れて行ってくれたんです。ディズニーのアニメなども見ていましたが、母は私が幼い頃からずっと、本物のアート映画に連れて行ってくれたんです。だから私は映画に対する理解を深めていて、本当に映画的な作品に参加できたことをとても嬉しく思っていました。ところが、その作品が私たちの人生を根底から覆してしまい、私は何年も何もする気になれなかったんです」とシールズは告白している。
シールズは1980年の映画「ブルーラグーン」で主演を務めた後、学業に専念するため一時的にハリウッドを離れ、87年にプリンストン大学を卒業し、フランス文学の学士号を取得した。その後、彼女はスクリーンに復帰し「ランニング・ワイルド」から「ミッドナイト・ミート・トレイン」などの映画や多くのテレビ番組に出演している。












