【The Ranking~気になるモノを徹底調査】新日本プロレスや全日本やSWSなど数々の団体を渡り歩いた谷津嘉章(69)が印象深い自身の試合を明かした。
最初に挙げた試合は1981年6月24日、新日本の東京・蔵前国技館大会で行われた国内デビュー戦だ。76年モントリオール五輪レスリングフリースタイル90キロ級で8位入賞を果たした谷津は大物ルーキーとして80年に新日本プロレスに入団。そのデビュー戦でアントニオ猪木さんと組み、スタン・ハンセン&アブドーラ・ザ・ブッチャーと対戦した。試合中に額から大流血した谷津はハンセンのウエスタンラリアートに沈み、ピンフォールを奪われた。谷津は「俺の今までのプロレスを通して、良くも悪くも一番インパクトがあった試合だね」と苦笑いを浮かべた。
次に選出したのは84年4月19日の蔵前大会で維新軍だった谷津が正規軍の高田伸彦(当時)に勝利した一戦だ。5対5の勝ち抜き戦で中堅の谷津が次鋒だった高田を下した。「さすがにいい試合だった。当時の高田はハイスパート(レスリング)と空中殺法とキックを使いたがっていた。あの時は、高田がこれから伸びていくなと思った」という。
3つ目は、全日本プロレス時代の86年2月5日北海道・札幌中島体育センター大会のインターナショナルタッグ選手権。長州力と組んで王者ジャンボ鶴田&天龍源一郎を破り、第37代王者に輝いた一戦で「冬の札幌で外では吹雪が吹いている中、当時の会場が熱気に包まれていた。そのアンバランスさが懐かしい」と振り返った。
最後に、88年6月4日に同会場で行われた全日本のPWF世界タッグ選手権で、谷津が鶴田との「五輪コンビ」で天龍&阿修羅原を撃破し、第7代王者に輝いた試合を挙げた。「この頃はみんな元気だったし、若かったなと思う。迫力があったし、お客さんも納得していた」と感慨深い表情を見せた。













