【音楽タイムマシン】
1976年から始まったセックス・ピストルズを代表とするパンクロックは、単なる一過性のムーブメントではなく、ジャンルとして確立した感が強い。今年はパンクロックが誕生して50周年を迎える。今回の「音楽タイムマシン」は、熱気に満ちた時代を動かしたパンクロック創成期の名盤5枚をお届けします。
【セックス・ピストルズ/勝手にしやがれ!!(1977)】
パンク・ムーブメントの象徴的存在だった伝説的バンド、ピストルズが唯一残したスタジオアルバム。76年11月に「アナーキー・イン・ザ・U.K.」でデビューすると、その反王室、反体制的な姿勢と常識破りかつ扇動的言動で大きな話題を呼んだ。デビュー曲はテレビで放送禁止になるなど、奇抜なファッションや髪形など当初は音楽以外の面で注目された。
しかしこのアルバムは、一分のスキもなく計算し尽された高性能のロックンロールアルバムに仕上がっており、当時聴いた瞬間に「やられた!」と思ったリスナーは多かったはずだ。
名匠クリス・トーマスをプロデューサーに迎え、疾走感に満ちたサウンドは意外なほどポップであり、ジョニー・ロットンの毒づくようなボーカル、スティーブ・ジョーンズのソリッドなギターが鳴り響くサウンドは快感そのものだった。1曲目の「さらばベルリンの陽」からラストの「拝啓EMI殿」までそれまでのロックにはなかった反体制的なエネルギーが放出される。パンクの代名詞的アルバムであり、全英1位を獲得した。しかし、バンドはわずか1年強で崩壊。ジョニーは78年にパブリック・イメージ・リミテッドを結成して「パンクの破壊」へと向かう。
【ザ・ダムド/地獄に堕ちた野郎ども(1977)】
76年10月の「ニュー・ローズ」が初のロンドンパンクのシングルとされている。ピストルズのような扇動的なセンセーショナルさはなかったが、音楽性の高さもさることながら、その暴力性、初期衝動の表現力などから考えれば、最も「パンク」という言葉がふさわしかったバンドである。
プロデュースはニック・ロウ。1曲目の「ニート・ニート・ニート」からあまりに性急かつスピード感満載のナンバーが続く。「アイ・フォール」「スタッブ・ユア・バック」「フィッシュ」B面1曲目の代表曲「ニュー・ローズ」などのハイスピード・ナンバーは、まるで生き急いでいるかのような速度で爆音が鳴らされる。
そしてラストではパンクの元祖とされるザ・ストゥージズの「アイ・フィール・オールライト」がすさまじい迫力で演奏され、混沌とした残響を残してアルバムは幕を閉じる。バンドはその後も解散再結成を繰り返すが、1stの衝撃は超えられなかった。
【ザ・クラッシュ/白い暴動(1977)】
デビュー当時からパンクの枠を超え、カリスマ的存在だったクラッシュのデビュー盤。
最も信奉者が多かったバンドで、その支持はフロントマンのジョー・ストラマーのカリスマ性と反人種差別、政治的問題に対するアティテュード、リスナーに対する誠実さによるところが大きい。
1曲目の「ジェニー・ジョーンズ」の「スットコスットコ」という簡素なスネアのイントロで人生が変わった人も多いはず。ストラマーの歌を切り裂くように相棒のギタリスト、ミック・ジョーンズが唐突にコーラスを入れて曲は終わる。わずか2分3秒。しかし当時のリスナーには衝撃的だった。
その他にも「白い暴動」「憎悪・戦争」「ロンドンは燃えている!」など政治的メッセージが込められたスピードあるロックンロールがアルバム全編を貫く。
特筆すべきナンバーは「ポリスとコソ泥」。パンクバンドではいち早くレゲエのビートを取り入れて、後の2トーンなどネオ・スカブームに大きな影響を与えた。バンドはどんどん音楽的深化を続け、名作「ロンドン・コーリング」以降はレゲエやダブ、スカ、ラテン音楽などの要素も取り入れて、傑作をリリースし続けた。
【ザ・ジャム/イン・ザ・シティ(1977)】
後に英国の国民的バンドとなるジャムだが、登場当初から他のパンクバンドとは一線を画していた。ジャケットに写る3人はビシッとしたコンポラスーツで身を固めており、パンクというよりはザ・フーなどのネオ・モッズバンドを標ぼうしていた感が強い。
現在も英ロック界のゴッド・ファーザー的存在であるフロントマンのポール・ウェラーは当時弱冠18歳。「ワン・ツー・スリー・フォー!」の掛け声で始まる「芸術学校」から息もつかせないほどの高速ナンバーが続き、A面ラストでは「バットマンのテーマ」をカバーするなど、バック・トゥ・ルーツ的な要素も持っていた。B面1曲目の「イン・ザ・シティ」は当時の英国の若者のアンセムとなった名曲。またブルース・フォクストンのベースラインもメロディアスな優れたもので、ポールのボーカルに絡むコーラスは絶妙だった。
バンドはアルバムを重ねるごとにパンク・ムーブメントがわずか1年で終わった後も進化を遂げ、数々の全英1位曲をリリースして82年に解散。ポールは新しい音を求めてスタイル・カウンシルを結成する。
【テレビジョン/マーキー・ムーン(1977)】
ロンドン・パンクよりもいち早く「牝馬」で75年にデビューしたパティ・スミス、76年に「ラモーンズの激情」で英国勢にも大きな影響を与えたラモーンズらとともに、ニューヨークパンクの主役だったテレビジョンのデビューアルバム。緊張感に満ちたツインギターは当時の音楽シーンに衝撃を与えた。セールス的には振るわなかったものの、評論家、ミュージシャンらからは絶賛の嵐を浴びた。
A面最後の表題曲「マーキー・ムーン」は実に9分58秒。しかし時間を全く感じさせず、フロントマンのトム・ヴァーレインとリチャード・ロイドのゆがみながらも美しい旋律を持ったツインギターはまさに今でも永遠の名曲とされ、後のニューウェーブ、グランジ、オルタナロックにも多大な影響を与えた。バンドはわずか1年半で解散したが2nd「アドヴェンチャー」の「デイズ」や、本作の「ヴィーナス」など美しくメロディアスな曲も残している。
その他のパンク創成期ベストアルバム10枚(順不同)
*パティ・スミス「牝馬」(75年)
*ラモーンズ「ラモーンズの激情」(76年)
*エディ&ザ・ホット・ロッズ「十代の暴走」(76年)
*ザ・ストラングラーズ「ノー・モア・ヒーローズ」(77年)
*トーキング・ヘッズ「トーキング・ヘッズ’77」(77年)
*エルヴィス・コステロ「マイ・エイム・イズ・トゥルー」(77年)
*バズコックス「スパイラル・スクラッチ」(EP=77年)
*グレアム・パーカー&ザ・ルーモア「スティック・トゥー・ミー」(77年)
*イーター「パンクでぶっ飛ばせ」(77年)
*ウルトラヴォックス!「ウルトラヴォックス!」(77年)

















