架け橋になりたい――。ソフトバンクの公式中継リポーターとして選手の声をファンへ届けてきた野崎あいかさん(35)。ベンチリポートやヒーローインタビューに緊張を抱きながらも、その役割に誇りを感じている。ラジオやモデル、司会など活動は幅広く「なんでも挑戦したい」と語る。座右の銘は「クソみたいな日でもいいものをつくるのがプロ」。趣味のバイクや釣りにも打ち込み、仕事も人生も全力で楽しむ素顔を明かした。
挑戦していなければ、今の私はなかった
――熊本出身
野崎 はい、生まれも育ちも天草で高校卒業まで過ごしました。
――天草での経験は今の仕事にどうつながっている
野崎 きっかけは地元のケーブルテレビでの仕事でした。23歳の時に声をかけてもらい、そこから経験が広がっていきました。あの時、挑戦していなければ、きっと今の私はなかったと思います。
――その前はどんな生活を
野崎 高校卒業後に就職して熊本市内で1人暮らしを始めました。高卒の初任給では生活は本当に厳しく、毎日カツカツの暮らしでした。大学生になった友人たちは留学や海外体験をしていて、私は必死に働くだけ。正直、うらやましい気持ちが大きかった。結局、実家に戻ってアルバイトを掛け持ちし、たまったお金でカナダに短期で行ったり国内を旅行したりしました。
――ケーブルテレビに入った経緯は
野崎 近所の方に誘われたのがきっかけです。最初は恥ずかしくて断っていましたが、担当を調整してまで勧めていただいて挑戦しました。実際にやってみると楽しくて「こういう世界があるんだ」と感じました。
――人前に出るのは得意だった
野崎 全く得意ではなく、むしろ人前に立つことは苦手で目立ちたくない性格でした。
――当初は本業にする気持ちはなかったと
野崎 はい。就職先で働きながら週1回の収録や週末のイベント司会を続けていただけです。生活がかかっていなかったからこそ楽しめたのだと思います。
――CMには数多く出演してきた
野崎 これまで10社以上のCMに関わってきました。中でも熊本の不動産会社・トヨオカ地建のCMは今も続いていて、熊本で自己紹介する時に「トヨオカ地建のCMに出ています」と言えば分かってもらえるほど浸透しています。
――仕事の幅が広がった転機はいつ頃
野崎 28歳の頃です。薬局の事務に就職して5年ほどたった頃、FMヨコハマに代打出演する機会をいただきました。ちょうどこの頃から仕事の幅が一気に広がり、全国からメッセージも届いて初めて「この仕事は人に影響を与えられる」と感じました。
選手とファンをつなぐ架け橋でありたい
――ホークス公式中継リポーター就任が決まった時の心境は
野崎 本当に大きな仕事でうれしかったですが、不安も大きかったです。熊本では大きな試合しか中継されないので、野球中継があまり身近ではなかったんです。ただ薬局を辞めてこの仕事一本でやろうと決めた時期と重なり、運命の仕事だと思いました。
――リポーターとしての具体的な役割は
野崎 公式中継ではベンチリポートを担当しています。ベンチ横から選手や首脳陣の様子を伝え、試合の流れを邪魔しないよう一瞬で判断する緊張感があります。さらに中継後の30分番組では、その日のヒーローや活躍した選手にインタビューし、プレー直後の言葉や素顔を引き出します。内容は違っても共通するのは、選手とファンをつなぐ架け橋であること。その責任を感じながらやりがいを持って臨んでいます。
――初めての選手インタビューの思い出は
野崎 和田毅さんでした。緊張で「マウンドで緊張しないですか」と素人っぽい質問をしてしまったのですが、和田さんは「もちろん緊張します。緊張するから集中できる」と丁寧に答えてくださいました。プロでも緊張するのだと知り、救われました。
――初めてのヒーローインタビューの思い出を
野崎 西武の与座投手がプロ初完封を達成した試合でした。ソフトバンクは敗れましたが、相手チームとはいえ歴史的な場面で、しかも私の初担当。正直、緊張で頭が真っ白でしたが、与座投手が誠実に答えてくださり無事に終えることができました。周囲から「初ヒーローインタビューが完封試合とは持っているね」と言われ、自分でもそう感じました。今では大切な財産です。
――プロの現場で学んだことは
野崎 周りは全員プロで、常に緊張感に包まれています。その空気に身を置くと、緊張を前向きに捉えて「ここに立てるのがうれしい」と思えるようになりました。緊張できるのは自分が選ばれてそこにいる証拠。その誇りを胸にこれからも挑みたいです。
――座右の銘は
野崎「クソみたいな日でもいいものをつくるのがプロ」です。漫画「左ききのエレン」のセリフとして知られる言葉で、友達に教えてもらいました。体調が悪い日や気持ちが沈んでいる日でも、カメラの前に立ったら切り替えて仕事をする。どんなにつらくても結果を出すことがプロの責任だと気づかせてくれ、今も自分を支える大切な言葉になっています。
――きっかけは
野崎 プライベートで気持ちが落ち込む出来事があっても、仕事では笑顔で振る舞うことが求められます。そんな自分を「変じゃないか」と友達に相談したら、「それができるのはプロだからだよ」と言ってくれて、この言葉を教えてくれたんです。とても腑に落ちて、自分を支える軸になりました。
面白そうと思ったら即行動
――これまでのプライベートで印象的な体験は
野崎 京都旅行で友達とふざけてヒッチハイクをしたことがあります。BMWに乗った老夫婦が止まってくださって、街まで送っていただけました。今思えば危険ですが、当時は「面白そう」と思ってすぐ行動してしまいました。知らない場所で人に助けられた経験は忘れられません。
――好奇心の強さは昔から
野崎 はい。学生の頃から「やりたい」と思ったら取りあえず挑戦する性格。カナダに短期滞在したのもそうですし、国内旅行も思い立ったらすぐ行動していた。計画的ではないですが、その時々の経験が今の自分をつくっていると思う。
――長く続けていた趣味は
野崎 中学生の頃からダンスを始め、20代後半までスクールに通っていました。ヒップホップやガールズ系を中心に踊っていて、安室奈美恵さんに憧れて夢中でした。音楽が流れると自然に体が動くほど好きで、ステージに立つと緊張も忘れてしまうほど。ダンスを通じて人前に出る度胸や表現力を学んだと思う。
――最近の趣味は
野崎 去年の末に自動二輪の大型免許を取って、念願のハーレーに乗り始めました。1200㏄のバイクで、立ちごけしても一人で起こせました(笑い)。風を切って走る爽快感は特別で、まだ回数は少ないですがツーリングに行くたびに新しい発見があります。友達と一緒でも一人でも走れるのが魅力で、これから季節が良くなるのが楽しみです。
――釣りの魅力は
野崎 コロナ禍に暇だった時に始めました。天草にいながら釣りをしたことがなかったので挑戦したら、思いのほかはまってしまって(笑い)。堤防でも船でもやりますし、70センチ級の真ダイやブリを釣った時の感覚は忘れられません。大自然の中で魚と向き合う時間は無心になれますし、取材や仕事で張りつめた気持ちをリセットすることができます。

















