元日本代表MF本田圭佑(39)が、10日に大阪府内の病院で肺炎のため死去した釜本邦茂さんとの思い出を明かした。
本田は、都内で行われた、自身が考案した育成年代の4人制サッカー「4v4」のアジアカップに参加。大会後、取材に応じた本田は81歳で死去した〝レジェンド〟について「お会いしたこともあるが、そこまで深い関係とは言えない」と語った上で、〝出合い〟はサッカーを始めたころの小学校2~3年だったという。
「釜本サッカースクールに参加して、周りの選手は釜本さんに気づいていない中、僕は父親が大好きだったので僕だけ興奮していたのを覚えている。最後試合をする中で取れなかったけど、僕が思い切りボールを取りにいったのが懐かしいなと。そのときもゴール前の感じは印象的だった。僕にとってはサッカーを始めたころに影響を受けた方。残念ですね」
釜本さんは日本代表として五輪では1964年東京、68年メキシコ五輪に出場し、メキシコ大会では7得点を挙げ得点王に輝き、国際Aマッチ通算75得点は日本代表歴代最多だ。
本田は釜本さんの功績については「僕がなれなかった点取り屋としての記録保持者、いろいろな印象を国民の方に与えたということは唯一無二だと思う。代表での記録は抜く選手が出る姿が想像できない。すさまじい記録、それだけじゃなくコメントも印象深く、FWならではのコメントを何度も目にしている。サッカー界は変わっているけど、それでもストライカーに必要な能力、考え方はいまだにたくさん学べると思う」と語った。












