【今週の秘蔵フォト】1970年代中盤に学生タレントとしてデビューし、清楚な魅力で人気を集めた女優が萩尾みどりだった。
54年1月14日、福岡・北九州市出身。74年にフジテレビ系「リブヤング」に出演した際、TBSのプロデューサーの目に留まり、同年9月のTBSドラマ「わたしは燁(あき)」で主演デビューの大抜てきを受けた。75年4月3日付本紙ではデビュー半年目の萩尾のインタビューが掲載されている。当時21歳。千葉大学理学部生物学科在学中で、74年には女子大生美人コンテストで準優勝したほどのまさに“才色兼備”の女優で、75年3月28日に「わたしは燁」の放送が終了したばかりだった。
浪人と落第を経験していたが「国立大学を狙ったのは学費が安いから。1年でたった3万6000円よ。読書は三度のごはんより好き。ゲーテからビッグコミックまで何でも読んじゃう。好きな男性のタイプはお料理が上手な人。4年生になったころには不況も終わっているでしょうから、就職には問題ないわ。浪人と落第をしていなかったら、来年就職試験でつらい目にあってる。私ってラッキーなの」と話し、この時点では女優を続ける気はなかったようだ。
主演デビューとスタートが華々しかったが、4月新番組には1本も出演予定がなかった。「誘いは2本来たけど断っちゃった。疲れちゃったから少し休むの」と自由奔放な姿勢を見せている。
それでも芸能界入りしたことで「三十代、四十代、五十代の人がどういうことを考えているか分かったの。彼らから聞いたことは、私のこれからの人生に役立つような気がします」と真剣な表情を見せた。
76年にはTBS系の人気クイズ番組「クイズダービー」女子大生枠で短期間ながらレギュラー出演。一気に全国区となった。その後は就職どころかほぼ途切れることなく映画やドラマに出演。和風美人からエネルギッシュなOLなど多くの役を演じる息の長い女優となった。
昨年もNHK BSドラマ「しずかちゃんとパパ」に出演したばかり。元気な姿で好演を続けている。













