ピン芸人のハリウッドザコシショウ(48)が単独ライブ「ハリウッドザコシショウのミニ単独ライブシリーズSEASON(13)ツアーしょんべん」を現在開催中だ。3都市で開催するライブツアーは27日の静岡公演を残すのみとなったが、好評のため、9月19日に東京「座・高円寺2」で追加公演を行うことも決定。インタビューに応じたザコシショウは単独ライブにかける思い、さらに普段は「自分からは話さない」という、いとこである格闘家・青木真也選手についても熱く語った。

 ――2016年に優勝したR―1の審査員を2年連続で務めた
「思ってもみませんでしたよ。昨年は7人のうちの1人だったから、そこまで重大とは思わなかったけど、今年は5人しかいなかったから1人の責任が重くなった」

 ――決選投票ではお見送り芸人しんいちに投票

「自分の中では理由があります。最後はしんいちとZAZYだったけど、しんいちがギター1本持って歌と話術でやるのに対し、ZAZYはパソコンを使っていろんな絵を出す。同じくらいのウケなら、僕はしんいちなんです。フリップ芸が悪いわけではないけど、同じウケなら腕1本でやってる方が上だと思う」

 ――単独ライブにかける思いは強い

「もともと大阪の心斎橋筋2丁目劇場の出身で、そのころトップだった千原兄弟さんが単独にかける熱量がすごかった。単独でお客さんをいっぱいにして、そこでウケたら一人前という感じで」

 ――静岡出身なのに、なぜ養成所は大阪?

「最初は『G★MENS』ってコンビを組んでたけど、相方は同級生だった。高3の進路指導の時に『コンビを組む』と言ったら先生が調べてくれて、ウッチャンナンチャンさんが出た日本映画学校(現・日本映画大学)、ダウンタウンさんが出た大阪NSCがある、と。当時はまだ東京にNSCがなかったんです。そしたら日本映画学校の入学金がメチャクチャ高くて、相方が払えないと言うのでNSCにした。当時は関西弁しか受け入れられなくて、苦労しましたね。あえて東京弁で話してたら同期のケンドーコバヤシと中川家の礼二が面白がって、それで打ち解けていった感じ」

 ――同期はそうそうたるメンバー

「当時はケンコバと礼二、あと先輩のなだぎ武さんの4人でよく行動してた。夜通しアホなことを話してました。スベってる先輩のネタをビデオで見てゲラゲラ笑ったり」

 ――みんな今でも活躍しているが、当時からすごかった?

「中川家は言わずもがなで、完成していた。ケンコバは僕と芸風が似てるんで、同じくらいのレベルの芸人だと思ってたら大間違い。吉本を辞めてから彼のすごさに気付きました」

 ――それから東京に出ていろんな事務所に行った後、ソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)の所属に

「いまの事務所が立ち上がったくらいのころに入って、当時はバイきんぐとユニットライブみたいなのをやってました。そしたら『面白いライブやってる』って噂が広まって、事務所の後輩と一緒にやるようになった。それがいま『ハリウッド軍団』と言われる集団になったんです。その中に錦鯉とかいましたね」

 ――ハリウッド軍団が結果を出すとうれしい?

「そりゃそうですよ。弟子ですから。でも、バイきんぐがキングオブコントで優勝した時は複雑で…。僕より先に優勝して売れたんで、悔しかった。ただ昨年、錦鯉がM―1取ったのはうれしかった。バイきんぐの時は、自分に余裕がなくて」

 ――ちなみに格闘家の青木真也選手とはいとこだとか

「それは事実で、別に隠してるわけじゃないけど、自分からはあまり話さない。赤ちゃんの時に彼のオムツを替えたこともあるけど、それから会ったこともないんです。ツイッターで彼は、フォロワーから『ザコシショウはいとこ?』って聞かれて、『そうなんだよ。何がおもしろいか分からないけど』って答えてたけど、身内ってそんなもんでしょ? 親戚のおじさんのこと聞かれてホメるのもテレるだろうし。こっちも迷惑かけたくないから、オレからは彼のことを言わないようにしてるんです。でも気にはしてますよ。彼が試合に勝ったら、やっぱりうれしいし」

 ☆ハリウッドザコシショウ 1974年2月23日生まれ。静岡県出身。本名・中澤滋紀。高校卒業後の92年、同級生とともに大阪NSC(11期生)に入学。同期に中川家、ケンドーコバヤシ、陣内智則らがいる。翌93年、お笑いコンビ「G★MENS」でデビュー。上京後、ピン芸人として活動しはじめ、2016年の「R―1ぐらんぷり」で優勝し一気にブレークした。ソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)所属。