お笑いタレントの明石家さんまが13日深夜放送のMBSラジオ「ヤングタウン土曜日」に出演。肺炎のため亡くなった俳優の中村玉緒さん(享年86)を追悼した。

 さんまと玉緒さんと言えば、TBS系「さんまのSUPERからくりTV」など多くの共演で知られる。ある意味、玉緒さんのバラエティー進出のきっかけを作ったのがさんまだけに「今日はもう、暗い話になるか分かりませんけど…」と自らこの話題を切り出した。

 玉緒さんの訃報を聞いた瞬間についてさんまは「玉緒さんもかなり前から施設の方にいらっしゃったので、もう何年か前からつもり(覚悟)はできていたんで。娘さんから連絡をいただいた時は『ああ、そうですか』という感じでね。心にポカーンと穴が開いたような感じになって」と回想。

 しかし、玉緒さんが入所した施設には一度も見舞いに行かなかったそうで「俺とTBSのディレクターが行かなかったのは、『さんまの夢かなえたろか』(さんま・玉緒のお年玉あんたの夢をかなえたろかSP=TBS系)がお母さん(玉緒さんのこと)大好きなんですよ。番組が終わるたびに『次いつでっか?』『いや、お母さん、来年の正月です…』『次いつでっか?』って本当によく聞かはるんですよ」と説明した。

 玉緒さんが施設に入所した当初も、さんまの事務所に毎日のように電話があり「次いつでっか?」と聞かれたといい「というのも、玉緒さんは毎年、番組出演のために着物をお作りになってたんです。それで『今年はこうしたいんですよ』『ああしたいんですよ』と言って、その着物を1年に1度着るのが楽しみで」「だから俺らは『行ったら、ダメです』ってなってたんですよ。また『夢かなえたろか…』ってなる(番組に戻れると思ってしまう)ので」と証言した。

明石家さんま(中)と共演も多かった中村玉緒さん(右)。左は津川雅彦さん(2003年)
明石家さんま(中)と共演も多かった中村玉緒さん(右)。左は津川雅彦さん(2003年)

 玉緒さんは携帯電話を持っておらず、連絡が取れないため、晩年は「『今どうしている』という情報だけ」が入って来る状態だったそうで「会いに行ったら、また『夢かなえたろかに戻れるんちゃうか?』とか(思われるのではないか)。俺に会っても『俺のことが分からなくなっていたら、どうしよう』とか。ちょっと他の人にお会いなっても、すごくお世話になった人のことを思い出せなくなっていたらしいんで、この1年。だから、これは行くのは逆に悪いのと、弱っている玉緒さんを見るのも嫌やし」と苦悩をにじませた。

 改めて、玉緒さんの功績について「俺ね、〝笑いの神〟が住み着いたというのは2人。内山信二と中村玉緒さんだけには、もう住み着いた。この2人は、ロケに行ったらとんでもないアクシデントが起こるんです。自然と。狙いでやらずに。『こんなおもろいこと起こるか?』っていうくらい」と熱弁。

 内山はある日、笑いの神が「逃げて」しまったというが「玉緒さんは逃げなかった。どんなエネルギーで笑いの神を住み着かせていたのか? どういうやり方があるのか? 俺も住み着いてほしいからやな、そう思っててんけどやな」とうらやんだ。

 最後にさんまは「本当に、お母さん、どうもありがとうございました。もう感謝しかありません」と故人をしのんでいた。