日本ボクシング史上最大のイベントが目前に迫った。WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太(36=帝拳)と、IBF同級王者ゲンナジー・ゴロフキン(40=カザフスタン)の王座統一戦が、9日にさいたまスーパーアリーナで開催される。ファンや関係者の夢とロマンが詰まった世紀の一戦――。その魅力に迫るとともに、GGG(トリプルG)の素顔を追った。
帝拳ジムの本田明彦会長によると、今回の興行は日本ボクシング史上最大の規模だ。1990年2月、東京ドームで行われた世界ヘビー級統一王者マイク・タイソン(米国)とジェームス・ダグラス(同)の一戦をしのぐとも言われている。
チケット最高額は22万円、ゴロフキン陣営の宿泊費は数千万円。規格外のイベントにファンの胸は高まるばかりだが、なぜここまで高揚感がかき立てられるのか。アマチュアとプロで世界一になった日本人王者・村田への期待はもちろん、その相手が現役最強の一人と言われるゴロフキンであり、さらに「初来日」という付加価値がついたからだ。
村田は2012年ロンドン五輪ミドル級で金メダルを獲得し、13年8月にプロデビュー。17年10月、WBA世界ミドル級正規王者のアッサン・エンダムを破り、日本人として竹原慎二以来2人目の同級世界王座を獲得した。そんな村田が長年にわたり対戦を熱望してきたのがゴロフキンだった。14年7月、米国合宿のスパーリングで拳を交えた瞬間、衝撃が走った。いつか、この男と戦いたい――。ブレない意志を持ち続け、まるで恋人の返事を待つようにマッチメークに思いをはせた。ようやく昨年12月に試合が決まったが、新型コロナウイルス禍で延期。当時の心境を「振られた時と一緒。最初は頑張れたけど、現実を見て心が落ちた」と〝失恋〟にたとえたほどだ。
では、そのゴロフキンとはどんな男か。06年5月にプロデビュー。10年8月にWBA世界ミドル級王者になると、そこから19回連続防衛を果たし「最強」の称号を手にした。ニックネーム「GGG」はアマ・プロを通して「KO負けなし」という記録も継続中だ。そのリアルな強さは対戦相手にしかわからない。
12年5月、日本人で初めてゴロフキンと戦った元東洋太平洋&元日本ミドル王者・淵上誠氏は序盤で右目をカットして流血。「あれは偶然じゃなくて必然。どう狙えば目をカットできるかわかっている。人間業じゃない」。その後、何度もパンチをもらい「腹がえぐられるようなボディー、鈍器で殴られたように脳ミソが揺れ、ヒザがガクっと折れた。一瞬、一瞬で記憶がなくなっていった」と3ラウンド(R)のTKO負け。改めて「バケモノ」と表現した。
13年3月に対戦した元WBA世界スーパーウエルター級暫定王者・石田順裕氏は「手も足も出ない感じは初めて。化け物というか、神がかっていた」と回想。3RのKO負けに「10回やっても10回勝てない」と話す。
しかし魅力はこれだけではない。GGGと接した人は皆、リング上の強さを証言する一方で「紳士」「優しい」と人柄を絶賛する。試合に敗れた淵上氏は夜、宿泊先のホテルのロビーでゴロフキンと遭遇。朝まで談笑し、日本陣営の全員がコーヒーをおごってもらったエピソードは有名だが、こんな裏話も教えてくれた。
「ホテルのテレビで僕がダウンしたシーンが何回も流された。そのたびに彼はとても気まずそうな顔をして僕を思いやってくれた。その誠実な人間性を見て、彼には絶対に勝てないと思い知った」
また、石田氏が試合中に倒れ込んだ際もゴロフキンは勝ったにもかかわらず神妙な顔。喜ぶことはなく、ようやく起き上がった石田氏を見て控えめに笑った。試合後、ホテルで会った際は「いい試合だった。ありがとう」と紳士的に声をかけてきたという。
時は流れ、試合前日に40歳となったGGGは初めて日本で戦う。淵上氏との試合をマッチメークした八王子中屋ジムの中屋一生会長は「彼が日本に来て試合するなんて信じられない。サッカーの(元スペイン代表MFアンドレス)イニエスタが神戸に入団したような衝撃」と表現。石田氏のマネジャーを務めたグリーンツダジムの本石昌也会長は「スター性や人間性はまるでトム・クルーズ。見てもらう価値がある」とし「それに日本の村田が挑む図式が楽しみ」と期待を寄せた。
約2年ぶりの実戦となる村田は挑戦者のつもりで臨むだろうが、ファンの後押しがあれば勝機は十分。果たして、どちらが勝つか。歴史的なゴングがもうすぐ鳴る。












