本連載ではこれまでAIがどんなに素晴らしいもので、どんなにすごいことができるのかを中心にお伝えしてきました。しかしAIといえども当然、得手不得手はあります。今後AIがますます普及していき、今以上に生活や仕事に欠かせない存在となった時、実は我々が知っておくべきはAIの得意なことではなく苦手なことです。なぜなら、AIの苦手なことこそ「人にしかできないこと」だからです。今回はAIが苦手なことは何かについて、筆者の監修書である「超実践!AI人材になる本」(学研プラス)の80~84ページから引用(本連載に合わせ筆者により一部改編)し説明します。

【AIは何が苦手?】AIが苦手なことは細かく言えば様々ありますが、ここでは重要なものとして2つ挙げたいと思います。それは「判断基準にない選択をとること」と「臨機応変に対応すること」です。

 まず、判断基準にない選択をとることについてです。心理学でよく使われるたとえに「ビュリダンのロバ」という話があります。ある日、おなかをすかせたロバが2つに分かれた道の真ん中に立っていました。それぞれの道の先には、まったく同じ量の干し草が置いてあります。ロバから干し草までの距離は完全に同じです。

 このとき、賢く合理的なロバは、どちらの干し草も選べずに餓死してしまいます。ロバは干し草までの距離を判断基準と考えていたため、こういったことが起きたのでしょう。もし判断基準に「右に行く方が好き」のような主観的なものもあれば干し草を食べられたかもしれません。

 AIにもこのロバと似た特徴があります。AIは人から与えられたデータからのみ判断基準を確立します。AIに与えていない情報を使って判断してほしいと思っても、それは不可能なのです。

 次に、臨機応変に対応することについてです。アメリカの哲学者ダニエル・デネット氏は、「AIがこれからやることに関係のある事柄だけを選び出すのが非常に難しいこと」を次のような例を挙げて説明しました。ある洞窟の部屋のなかにロボットを動かすバッテリーがあり、その上に時限爆弾が仕掛けられています。爆弾が爆発してバッテリーが破壊されてしまわないよう、科学者はAIを搭載したロボット1号に「洞窟のなかにある部屋からバッテリーを運び出す」ことを命令しました。

 ロボット1号は無事にバッテリーを運び出せましたが、バッテリーを運ぶと爆弾も一緒に運んでしまうことに気付かなかったため、洞窟から出た直後に爆弾が爆発してしまいます。失敗したのは、ロボット1号が「バッテリーを運ぶことで副次的に発生すること(この場合は爆弾も運んでしまうこと)」を予測できなかったためでした。

 その反省をもとに科学者は「副次的に発生することをすべて予測する能力」があるロボット2号を開発しますが、バッテリーを動かすことで「天井が落ちないか」など、副次的に発生することを考え続けてしまい、これも失敗します。最後に科学者は、目的と無関係な事項を考慮しないように改良したロボット3号を開発しましたが、これは洞窟に入る前に動かなくなってしまいました。目的と無関係な事項をすべて洗い出そうとして思考し続けてしまったからです。

 このロボットの特徴と似ているのがAIです。現実に起こり得るすべての問題や状態は膨大に存在しています。それらすべてをAIに教えることは難しいですし、もしできたとしてもその膨大なデータをAIが処理しきれずロボット3号のようになってしまうかもしれません。理想的には、必要な時に必要な情報だけを自分で考えて判断してくれれば良いですが、現在のAIでは残念ながらそれはできません。

 このように私たちが普段当たり前のようにやっている人の思考や行動は、現在のAIにとっては難しい課題なのです。すなわち、判断基準にない選択や臨機応変な対応は、まさに人間ならではの能力であると言えるでしょう。

【AIと共に生きる】今回、AIの苦手なことを説明したのは、ぜひ人にしかできないことを知っていただきたかったからです。AIが広がり続ける世の中で、人は人にしかできない力をつけることが非常に重要になってきます。一方で、AIの普及は今後も広がり続けるでしょう。今はAIなんて自分には関係ないと思っている方も多いかもしれません。しかし、今後AIに関する知識や技術はどんな仕事に就いていても必要になってきます。今AIについて知っておくことが、何年後かの自分を助けることになるかもしれません。

 AIスキルは英語力のようなものだと私は考えています。文系・理系も性別も年齢も問わず、誰でも習得することができます。AIスキルを身につけることで、AIと協調する生活を楽しめるだけでなく、仕事の幅が広がることによりキャリアアップや収入アップにもつながるはずだと期待しています。

 人にしかできない能力を鍛えながらも、AI自身についてももっともっと知っていただけると幸いです。

 ☆おおにし・かなこ 愛媛県出身。2012年お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。博士(理学)。同年、NTTドコモ入社。16年から2年間、情報通信研究機構に出向。一貫して雑談対話システムの研究開発に従事。20年から大手IT企業でAIの導入や設計をリード。AIに関する講演や執筆、監修等も行う。著書に「いちばんやさしいAI<人工知能>超入門」「超実践!AI人材になる本」。