AI(人工知能)――もはやこの言葉を知らない人はいないはずですが、そもそもAIとは何なのか、結局どんなことができるのかをきちんと説明できるでしょうか? なかなか難しいですよね。そこで本紙は、分かりやすい解説で有名な「AI研究家」の大西可奈子氏をお招きしました。イチから解説してくれる新企画のスタートです。

 初めまして。大西可奈子と申します。突然ですが、まずは質問です。

「皆さんの身の回りにあるもので、AIだと思うものはどれですか?」

 こう質問されたら、あなたなら何を挙げますか。すぐに思い浮かぶでしょうか。実のところ、この質問は非常に難しい問いかけです。AIという言葉にはさぞかしきちんとした定義があるのだろうと思っているかもしれませんが、実はAIという言葉自体には、明確な定義や基準はありません。乱暴な言い方をしてしまえば、ある製品がAI搭載製品なのか、それとも非搭載製品なのかは、それを売る側の人間がどう売りたいかで決まってしまうのです。AIという言葉は、使う人によって意味が大きく変わり得るものなのだということをぜひ知っておいてください。いきなり出鼻をくじくようなお話ですが、大前提なのでご容赦を(苦笑)。

 明確な定義はありませんが、ひとつ言えることがあります。それは、現在AIと呼ばれているものには「機械学習と呼ばれる技術が用いられていることが多い」ことです。機械学習とは、要約すれば大量のデータからルールやパターンを機械が自動で抽出する技術のこと。過去のデータを用いて降水量の予測をしたり、写真を被写体ごとに自動でグループ化したりするわけです。これこそAIができること、AIの得意分野と言えますね。

 反対に、苦手なこともあります。例えば最近は会話ができるAIロボットも多いですが、会話は会話でも人間のような雑談を可能にすることは現時点では困難です。「りんごはおいしいよね」と話しかけられた時の応答を想像してみてください。「うん、おいしいよね」「みかんの方が好きかな」「買いに行く?」など、応答文は多数浮かびます。

 この中のどれで応答すべきなのか、それを決めるには環境や相手との関係性など、考慮しなければならないことが山ほどあります。当然、言葉以外の表情や声色も影響するでしょう。このように雑談は非常に複雑な思考や仮定の結果成り立っているものなのです。機械学習を用いることでコンピューターはある程度対話のルールを学習することはできますが、人のように話せるようになるにはまだ越えなければならないハードルが存在しているのです。AIとはいえ、何でもできるわけではないんですね。でも、だからこそ、それができるようになったら素晴らしいと思いませんか?

 実は今回、雑談を例に挙げたのは、私がAIの「自然言語処理」と呼ばれる分野で、特に対話技術を専門としているからです。大学で、博士号を取得した後は数多くの対話システムの開発に携わりました。対話システムとは、人とコンピューターが自然な言葉で会話可能なシステムのことで、現在では乗り換え案内やアラームのセットなど、人の仕事を代替してくれるものが多く存在しています。ただ、私が主に開発しているのは、それとは少し趣の違う、先ほどお話しした“雑談”をメインとするシステムなのです。直接人の役に立つことよりも、鉄腕アトムのように感情にあふれ、何げない会話が可能な対話システムに魅力を感じたためです。とはいえ、前述のように非常に難しいテーマ。しかし、AIに関する技術は今も進歩し続けています。もうしばらくは難しいかもしれませんが、近い将来、アトムのように会話ができる雑談AIは必ず登場するでしょう。その進化についてもこの連載でお話ししていけたらと思います。

 アトムは私がAIの仕事を志したきっかけでもあります。小学生時代、父が手塚治虫のファンだったこともあり、私の家は手塚治虫作品であふれていました。友人たちがはやりの少女漫画を読んでいる最中、私は手塚治虫作品を読みふけっていたのです。手塚治虫作品はどれも好きですが、特に大好きだったのが鉄腕アトム。アトムのかわいらしさと、ロボットが感情を持ち、我々の生活に溶け込んでいる世界観に夢中になりました。近い将来ロボットと一緒に生活できるようになるのだというワクワクとともに、その時には私も開発する側にいたい、という思いが湧いてきたのです。

 ちなみに、卒業したお茶の水女子大学では理学の博士号を取得しましたので、くしくも私は「お茶の水博士」になれたわけです(笑い)。ただ、まだアトムを生み出せてはいません。前述のように、そんなAIロボットが登場した時は私も生み出す側の人間として、アトムのように愛されるAIの誕生に立ち会いたいと願っています。

 ☆おおにし・かなこ 愛媛県出身。2012年お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。博士(理学)。同年、NTTドコモ入社。16年から2年間、情報通信研究機構に出向。一貫して雑談対話システムの研究開発に従事。20年から大手IT企業にてAIの導入や設計をリード。AIに関する講演や執筆、監修等も行う。著書に「いちばんやさしいAI<人工知能>超入門」。