追悼・木内幸男さん KKを倒した男が明かした〝マジック〟の真実

2020年11月25日 06時15分

第66回高校野球選手権大会決勝でPL学園を破って優勝の取手二高ナインに胴上げされる木内幸男監督

 高校野球で茨城の取手二、常総学院の監督として春1度、夏2度の甲子園大会優勝を成し遂げた木内幸男さんが24日午後7時5分、肺がんのため茨城県取手市の病院で死去した。89歳。甲子園では数々の名勝負を繰り広げたが、その中でもいまだに語り継がれるのが、1984年夏の甲子園決勝「取手二―PL学園戦」。桑田、清原の「KKコンビ」を擁するPL学園に、夏の選手権大会で唯一黒星をつけた試合だ。本紙はその試合で捕手を務め、決勝の舞台でダメ押しの3ランを放った中島彰一氏に2017年1月インタビュー。〝マジック〟が冴え渡ったあの日をもう一度振り返る。

「木内マジックと、よく言われますが、木内さんほどオーソドックスな野球をする人を僕は知らない。人間掌握術にはたけていましたが、采配に関しては本当に当たり前のことしかしない人だったんですよ」

 木内マジックが広く世間に知られたのはPL学園との決勝9回裏、一打サヨナラの場面でのワンポイントリリーフ。だが、その伏線は決勝から2か月前、PL学園との練習試合にまでさかのぼる。その年の春、関東大会初戦で接戦の末敗れた取手二ナインは、木内監督に「頭を冷やせ」と1週間の休養を与えられた。練習から解放され大喜びのナインだったが、休み明けに指揮官から思いもよらぬ言葉があった。

「『俺はレギュラーには休みをやったが、補欠も休んでいいとはひと言も言ってない。補欠は全員今すぐ辞めろ』と。全員頭にきて、今度は1週間のボイコットですよ。最初の1週間はあんなに楽しかったのに、次の1週間は散々。それまでいいチームだと思ってたのに、気づいたらバラバラの状態になっていました」

 実は、一旦、この状況にするのが木内監督の狙い。そしてボイコットから1週間後、選手を集めた。「『1週間後にPLとの練習試合を組んでいる。それだけやってくれ。俺もたかが指導者の立場だから、それをやってくれないとメシが食えなくなっちまう』って。でも、こっちは2週間ボールも握ってない。そりゃ、ああなりますよね」

 打線は桑田の前に1安打。清原には満塁弾を打たれ、試合は0―13で惨敗。当時、2年生だったKKコンビにこてんぱんにやられた。だが、これが取手二ナインを発奮させた。「仲のいい記者から桑田が『これが茨城ナンバーワンのチームですか』と言っていたという話を聞いて火がついた。もともと茨城各地の番長が集まってできたようなチーム。2年生にそんなこと言われて、黙ってるわけにいきませんから」

 夏の甲子園、取手二は初戦の箕島に逆転勝ちを収めると、あれよあれよと勝ち進んだ。決勝の相手は2か月前に大敗を喫したPL学園。台風の影響で、試合開始は30分以上遅れた。PL側には試合中止の誤報が入り、これにより桑田はコンディションを乱されたというが、そのとき中島は雨を吸ったグラウンドに大量の砂がまかれるのを見ていた。4―3で迎えた9回裏、先頭打者にソロ本塁打を浴び、追いつかれ、続く打者に死球を与え、ライトに下げられたエース・石田が深くうなだれ、サヨナラが頭をよぎるなか中島はふと、その光景を思い出した。

「砂でバントが全然転がらないだろうな、そんなイメージができていた。うまくいくときっていうのは、イメージ通りにものが運ぶものなんですよね」。ゴルフのバンカーのごとく、目の前に落ちたゴロをすかさず二塁送球。一塁走者を刺し、ピンチの芽を潰す。このプレーにライトに回った石田が小躍りをして喜んでいたのを木内監督は見逃さなかった。わずか2球で再びマウンドに呼び戻された石田は生まれ変わったように4番・清原、5番・桑田を打ち取った。

 そして延長10回、中島は桑田が投じたストレートのボール球を“大根切り”でスタンドへ運んだ。決勝打となる3ラン。「握りが見えたんですよ。1球目、2球目と握りが変わらなくて、あ、ストレートなんだなと。それで全日本のとき、先輩面して『桑田、お前握り見えてたぞ』と言ってやったら『僕、真っすぐもカーブも同じ握りなんです』だって。知らなくて良かったなと思いましたね(笑い)」

 木内監督の教えは今も生きている。「本当に選手をよく見ていて、僕らは常に木内さんの手のひらで転がされていた。今では記者から伝え聞いた桑田くんの発言、あれも木内さんの差し金だったんじゃないかなと思うんです。そっから国体まで、一度も負けなかったわけですから」。KKコンビを撃破した夏から三十余年。“種明かし”が済んだ今も木内マジックは教え子の心を魅了してやまない。

【木内マジック】取手二、常総学院を率いて全国制覇を成し遂げた木内監督の代名詞。1984年夏の決勝・PL学園戦9回のワンポイント継投をはじめ、選手をつぶさに観察し、その特長をうまく生かす采配、思い切った采配、意表を突いた采配などで、そう言われた。

【84年夏、決勝VTR】初回、取手二打線が桑田の立ち上がりを捉え、2点を先制。PLは6回に桑田の二塁打を足掛かりに1点を返したが、取手二は7回に吉田の2ランで突き放した。PLも粘る。8回に北口の三塁打などで2点を奪い、1点差。9回には先頭の清水哲が同点アーチを放った。土壇場で追いつき、一気に“逆転のPL”ムードが立ちこめた中、取手二のエース右腕・石田は続く松本に死球を与え、無死一塁。打者は左打者の3番鈴木。ここで木内監督は左腕・柏葉にスイッチ。捕手・中島が鈴木の送りバントを思い切って二塁へ送球し、封殺すると、右翼に回っていた石田を再びマウンドへ送った。エースは期待に応え、4番清原を三振、5番桑田を三ゴロに打ち取り、延長戦へ。10回、取手二は中島の3ランなどで一挙4点。激闘の末、8―4で勝利した。