90年ロッテのドラフト6位・榎康弘さん 17年間務めた広報からスカウト転身

2018年07月06日 11時00分

スカウトに転身した榎さん

裏方で奮闘する元選手】「最近になってようやく仕事に慣れてきました。でも今の仕事は気が抜けないので大変ですよ」

 埼玉県内の某野球場。鋭いまなざしで高校生の試合をチェックしながらこう話すのが榎康弘さん(46)。今季からスカウトとして関東・北海道を担当している。

 東海大甲府高から1990年ドラフト6位でロッテ入り。94年にはシーズン7勝をマークするなど、00年までロッテ、巨人で活躍。現役引退後はロッテ球団広報として17年間、チームを支え続けた。

 そんな熟練の裏方が昨年10月、スカウト転身を告げられた。45歳での新たな挑戦。就任直後は困惑と不安が大きかったという。
「球団から言われた時は正直驚きました。引退後からずっと広報でしたし、自分自身が細かく野球、選手を見た経験がなかったので。一人で選手を分析できるのかなと」

 広報を長く務めた一方、アマチュア界での人のつながりは皆無。当初は選手の情報収集に困難を極めた。

 スカウトは自分で選手を発掘するのが仕事。どのエリアに逸材がいて、いつ試合を行うか、自らの嗅覚を頼りに調査しなければならない。

「最初のころは情報が一切なかったので。毎日ひたすら関係者へのあいさつ回りに追われました。何もない状態からのスタートだったので」

 人脈づくりと同時に球界独特の「スカウト流儀」にも悪戦苦闘した。

 榎さんは元投手だが、スカウトは担当地区の野手も調査する。対象選手は多岐にわたる上、自らスピードガンやビデオ機材、ストップウオッチ等を用いて分析しなければならない。

「助手やサポート役はいないので、試合中は右手にガン、左手でビデオというのも珍しくない。それらを資料として記録する必要もあるし、同時に翌日の視察計画も立てないといけない。その作業が延々と続く。最初の3か月ぐらいは休みたくても一日も休めなかった。つらかったですよ」

 それでも、今では仕事にも慣れ、手応えもつかみ始めている。

「最近は自分で計画を立てた通りに選手の視察をこなせる確率が高まっている。仕事が楽しくなりつつありますよ。ただ、スカウトはプロで活躍する選手を獲得しないと始まらない。まだスカウトとしての実績がないので、まずは人として選手、関係者から信頼される人間を目指したい。最終的にはロッテの地元である千葉の有望選手を中心に、自分自身が見つけた選手がウチ(ロッテ)に入って活躍してくれるようになればいいですね」

 努力の成果が表れるのは10月のドラフト会議。榎さんは「その日」を夢見て今日も東奔西走する。