【ニュー・ムーン・ドーター/カサンドラ・ウィルソン(1995年)】

 9月2日に70歳で亡くなったカサンドラ・ウィルソンのブルーノート移籍第2弾。個人的には彼女の最高傑作である。

 訃報に接した際、真っ先に思ったのは「ああ、そうか。世間的にはジャズシンガーだったのか」という子供のような認識だった。それほどまでジャンルにこだわらずロック、ポップス、カントリーから古典ブルースまであらゆる音楽を吸い込んで、解体と再構築に取り組んで新たな音楽として成立させる稀有な才能の持ち主だった。

 アルバムはあまりに有名なビリー・ホリデイの古典「奇妙な果実」で幕を開ける。いうまでもなく「果実」とは虐殺されて吊るされた黒人のメタファーである。そして全12曲の最後を締めるのはニール・ヤングの「ハーヴェスト・ムーン」。過激な詩人ニールが穏やかに秋の収穫を歌ったラブソングだ。同じアルバムにこの2つの名曲を収録するなど、カサンドラ以外にはできない至難の業だろう。

 それ以外にもU2「恋は盲目」、サン・ハウスの古典ブルース「デス・レター」、そして何とモンキーズの大ヒット曲「恋の終列車」までがカバーされている。

 しかしアルバムはどの曲もカサンドラ独特のゆっくりと海の底に沈んでいくような静寂感と透明感に満ちた声が響いてくる。いずれもベースとアコギを中心にゆっくりと同じテンポを保ちつつ、抑揚を抑えた独特のソウルフルな声で静かに歌われる。普通なら支離滅裂に聞こえるカバー曲の全てが彼女の色に染まっているのである。音楽の魔法としか言いようがない。

 当時私はこのアルバムを睡眠時のお供にしていた。神秘性や母性といった言葉では表現できない不思議な魅力に満ちた名盤である。改めて合掌。 (敬称略)