【団塊記者の取材回顧録】(1977年5月20日=当時31歳)1982年10月に始まったフジテレビ系人気バラエティー番組「笑っていいとも!」が、いよいよ31日でフィナーレを迎える。番組の顔として約32年間、司会を務めてきたタモリ(68)を“夜の男”のカルト的キャラクターから国民的人気タレントに変貌させたのも同番組だった。長寿番組の放送終了にちなんで、タモリの「いいとも」以前の姿を振り返る。
タモリは32年間、生番組の司会を1人で続け、テレビ界に金字塔を打ち立てた。先月の「第23回東スポ映画大賞」では「第14回ビートたけしのエンターテインメント賞」で特別賞を受賞。
「いいとも!」スタート前の77年5月20日、本紙インタビューで大いに語ったことがある。当時31歳。ニッポン放送のラジオ番組「オールナイトニッポン」でパーソナリティーを務め、人気上昇中だった。
「え~と、僕の職業ですか? お笑い芸ですかね。1年前の今ごろは、チョコチョコっとテレビに出ていて、やっと1人食えるぐらい。一昨年の今ごろは、(地元)福岡で喫茶店のマネジャーをやめて失業保険で食ってましたね」
早大文学部を中退、福岡へ戻りサラリーマンをしていたが、独特な素人芸が評判になり、漫画家の故赤塚不二夫さん(享年72)に気に入られ、赤塚さん宅に居候する。75年、赤塚さんの番組でテレビデビュー。強烈な個性と型破りの芸で人気が出た。
得意芸の一つが「ハナモゲラ語」。料理番組の解説にそれを使うと、「30分ほどカマヘレしてると、マカへロソしてきます。そこでさっきモケロしたハナモコシとケシメシを入れて約2分間、サレマカソをヘケレッテください…」。大真面目にやるので爆笑を引き起こす。
「ゴッコですよ。言葉の遊びの延長なんです。最初、お茶の間に入って面白いんだろうかと思いましてねぇ。笑いの質が少し高級ですよね。でもメチャクチャにウケたということは、それだけ下地があったわけですから、僕らの感覚が正当に評価されたと、ハイ」
ニセの外国語を駆使する芸も人気を呼んだ。韓国人やベトナム人、中国人、イタリア人がマージャンをやるという芸も爆笑ものだった。1人で怪しい4か国語を操る。「全部デタラメですよ。外国語を昔サウンドとして聴いていましたからね。音楽的センスなんです」
既成のお笑いとは一線を画す、それまでになかった芸風が人気を呼んだ。
「戸惑いはありますけどね。僕らの感覚が現代人のそれとイコールだったとしたら、常識を壊した方が面白いっていう時代になったんでしょうね」。“タモリ・ワールド”の原点だった。
(阪本)












