【女子ボートレーサー・インタビュー 田上凜(23=大阪)前編】

 ――ボートレーサーを目指したきっかけは

 田上 ボートレースのCMを見て〝これだ!″って思って。本当に直感なんです。レースをしているCMで自分がやっているのが、めっちゃ想像できました。5年制の高校に通っていたんですけど、2年くらいの時にボートレーサーになりたいと思って、実際に受けたのは4年の時。それまでボートレースの存在すら知らなかったです。

 ――周囲の反応は

 田上 受ける時は親にも黙って勝手に受けました。それでトントンと受かってしまって…。寮生活だったので親と別々に住んでいて、親の方に合格通知が届いてしまって、めっちゃ怒られました…。一応、休学にして養成所を出てから学校も行こうと思っていたけど、和歌山だったので全然通えなくて。無理だと思って今年、学校は辞めました。

 ――養成所時代を振り返って

 田上 ボートに乗るのはめっちゃ楽しかったんですよ。ただ、整備とかペラを叩くのも知らなくて…。ただ、学校自体は苦じゃなかったし、むしろ生活は快適でした。自分には結構合ってましたね。

 ――デビューしてみて

 田上 こんなの勝てるわけない、6着しか取れないと思っていました。でも、やっぱり勝ちたかったし、練習もいっぱいしましたね。本当に周りの方の支えがあって少しずつですけど、着も取れるようになってきました。

田上凜の師匠・夏山亮平
田上凜の師匠・夏山亮平

 ――周りの環境について

 田上 師匠は夏山亮平さん。前向きな言葉ばかりかけてもらえますね。レースでできなかったところはちゃんと指摘してくれるし、ビデオ通話で講習会みたいなのもしてもらっています。あとは上田龍星さん、紗奈さんの兄妹2人にもお世話になっています。特に紗奈さんにはめちゃめちゃお世話になっていて、グループで支えてもらっています。

 ――チルトを跳ねるようになったきっかけは

 田上 ある日、夏山さんに突然「お前はまくり差しタイプではないし、伸びるタイプだと思うから一回、伸び型をやってみたら?」と言われたんです。どんなエンジンを引いても展示タイムは出るし、前検のタイム計測もだいたい一番だったんですよね。毎回上位の方にいたし、自分でも出るんだろうなと。あとは夏山さんと藤山翔大さんが仲良しで、それでつなげてもらいました。

 ――実際にレースで使うようになったのは

 田上 去年の12月のびわこからです。私は追加だったんですけど、翔大さんがいたから、追加を受けさせてもらいました。その前から翔大さんには、伸び型のペラの叩き方とか教えてもらっていたんです。いざ一緒になって、翔大さんに「やるか?」と言われたんですけど、一回、断ったんですよ。その時に2、4コースの走り方に課題があって、夏山さんにもそこを改善したがいいと言われていて、自分でもそっちをやりたいと思っていました。ただ、初日に4コースからまくり切れなかった時に翔大さんから「3度やったらまくれたのに」と言われて、それで〝やろう、今しかない〟と思って始めました。