【女子ボートレーサー・インタビュー 羽田妃希(22=愛知)前編】
――ボートレーサーを目指したきっかけは
羽田 父が中日ドラゴンズの選手だった岩瀬仁紀さんと昔からの友達だったんですが、その岩瀬さんに「ボートレーサーを目指してみたらどう?」と小さい頃から言われていました。岩瀬さんはボートレースが大好き。高校3年生の時、大学の進学や就職をどうするのかという時期に行こうとしていた大学で学部を選べなかったので、じゃあレーサーを目指してみようかなと思いました。ボートレースはそれまで1回も見たことがなくて全く知らなかった。岩瀬さんの言葉があったからですね。
――両親の反応は
羽田 普通に「やりたいならやってみたら」という感じでした。両親はボートレースが好きなわけではなかったのですが…。
――ボートレーサー養成所の試験へ向けて取り組んだことは
羽田 体力や筋力とかがなかった方なので筋トレとランニングをしてました。試験に出る筋トレの項目の回数をこなせるようにしたくらいです。学生時代は一応バトミントン部だったんですけど、そこまでガチでスポーツをした経験はなかったです。試験は1回目で合格しましたが、運が良かったですね。
――養成所時代を振り返って
羽田 養成所の1年間は楽しかったです。同期がいてくれたし、教官とも結構、仲が良くて楽しめました。厳しさもあったけど、いい経験だったと思います。
――2022年5月にデビューし、5節目の大村で負傷。約9か月間、戦線離脱
羽田 右ヒザと左ヒザをケガして右ヒザの半月板の手術をしました。精神的にも辛かったですね。デビューして最初の3年間はすごく大事だと思っていたのに、いきなり走れないのは痛いなと思って…。いろいろ病んだりもしたけど「ケガが治ればまた走れる」と思って、とりあえずケガを早く治そうと思いました。
――休養中に心の支えになったのは
羽田 師匠や家族、同期ですね。いろいろ気にかけてくれて言葉をかけてもらいました。
――復帰して初勝利は2024年4月の浜名湖男女混合戦。5コースからまくり差しを決めた
羽田 狙い澄ましたというよりはハンドルを切ったらたまたま入れたという感じでした。水神祭はすごくうれしかったです。ケガをしたこともあって早く1着を取りたいとずっと思っていたので…。
――得意コース、苦手コースは
羽田 自分のタイミングで握って行けるので3コースが好きです。本当はまくり差しがしたいんですけど、まだできる技量がないので…。苦手なのは2コースですね。差しのタイミングが難しいです。
――技術向上のために取り組んでいることは
羽田 実戦に行くことが一番の勉強だけど、練習も大事なので差しやまくり差しもうまくなれるように練習で頑張っています。あとは筋力がないのでパーソナルトレーニングに通ってしっかり体幹をつけるようにしています。












