作曲家の樫原伸彦氏が27日までにThreadsを更新し、元TOKIOメンバーの国分太一との思い出を語った。
樫原氏は「1990年頃の少し前の話」と切り出し「半年ほど、国分太一さんが自分の元へキーボードを習いに通ってきていました。ジャニーズ事務所さんからの依頼でレッスンを担当しましたが、楽譜もコードも知らない子を教えることに少し難儀しました。しかし、彼は本当に飲み込みが早くて、あっという間にコードバッキングを覚えていきました」と国分との思い出を振り返った。
当時の国分は「ローラースケートやバスケットのレッスンと並行しており、全てが終わってから自分のところへ来ていたので、鍵盤に向かいながらウトウトしてしまうこともありました」とハードスケジュールだったようだ。
そんな中「『僕はSMAPには入れなかったんです。このTOKIOでダメだったら終わりなので、死ぬ気で頑張ります』と、当時から並々ならぬ覚悟を持っていました。その真摯で謙虚な姿勢に心を打たれ、親身になってレッスンしました。自分が知っている国分太一さんは、ここまで」とした。
最後に「その後、芸能界で成功を収め誰もが知る存在となりましたが、最近は色々と巷をざわつかせているようです。何があったかは知る由もありませんが…もし暇ができたら、また樫原のところに遊びに来ればいい。また一から今度はゆっくりピアノを弾いてみない?」と呼びかけた。












