放送作家の高田文夫氏が29日、自身がパーソナリティーを務めるニッポン放送のラジオ番組「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」で、有吉弘行が再ブレークしたきっかけを明かした。
有吉はかつて組んでいたお笑いコンビ・猿岩石で、1996年に日本テレビ系の「進め!電波少年」のヒッチハイク企画が話題となり、帰国後に一気にブレーク。一躍売れっ子となったが、ブームが過ぎると仕事が全くなくなり、不遇の時代が続いた。
当時の有吉について高田氏は「そのころ竜兵会(故上島竜兵さんを中心とした飲み会)が始まってな。みんなで竜ちゃんを囲んでさ、どうのこうのって。そのころ有吉は竜ちゃんに食わしてもらってたから」。
一度、竜兵会に参加した高田氏は「有吉が落ち込んでんだろうなと、仕事なくなって大変だろうなと思ったら、一番生き生きしてんだ、アイツが」と明かした。「何一つさ、めげてないのよ。卑屈になってないのよ。あれがいいなと思ってさ」
そこで高田氏は、全く仕事がなかった有吉に「ラジオビバリー昼ズ」のリポーターの仕事をやらせたという。その第1回が、いま話題の人物のリポート。「今日新聞記事になってるけどさ、大多専務。50億円」。
有吉がリポートした相手は、中居正広氏と女性アナウンサーのトラブルの対応を怠ったとして、フジテレビから50億円の損害賠償を請求された大多亮元専務だったというわけだ。
大多氏は当時、ドラマプロデューサーとして飛ぶ鳥を落とす勢いだった。「トレンディードラマ調子乗ってっから、そこ行ってリポートしろって言ったの。アイツ(有吉)さ、フジテレビのデスク行ってさ、ムチャクチャなリポートしてんだよ!」
このリポートが爆笑だったそうで、高田氏は「人を人とも思わないからさ、有吉。失うものないから、ドンドン行ったのよ。そしたらこの番組、当時は業界聴いてたから『あっ、有吉おもしれえじゃねえかよ』って、それで大復活できた」と話していた。












