1966年に静岡県清水市(当時)で一家4人が殺害された〝袴田事件〟で再審無罪となった袴田巌さん(89)のボクシング人生に焦点を当てたノンフィクション本「ボクサー袴田巌RUNS」(18日発売、青志社)が出版される。国内最多出場(当時)を持つ〝伝説のプロボクサー〟で、全試合の記録が発掘された。
袴田さんは30歳の時、静岡県一家殺害事件で静岡県清水警察署に逮捕された。68年、静岡地裁で死刑判決。控訴、上告が棄却され、80年に死刑確定。しかし、2014年に静岡地裁で再審開始と死刑執行停止、釈放となった。そして、昨年10月、再審無罪が確定した。
関係のない事件に人生の半分以上をとらわれてしまった袴田さんは、プロボクサーだった。熱心なボクシングファンの作家・寺山修司が試合を観戦し「袴田巌はあしたのジョーだ」と書いたこともあったほどだ。
中学卒業後にボクシングを始め、アマチュア戦績は15戦8勝(7KO)7敗。59年11月にプロデビューし、61年5月に引退するまで29戦16勝(1KO)10敗3分け。プロ2年目の60年には年間19戦出場し、日本国内最多記録を誇る。何より1回もダウンを奪われたことがない。9連勝したこともあったが、最後は6連敗。肩を壊し、引退した。
そんな袴田さんの全戦績に、レフェリーとジャッジのスコアまで記された資料が初めて発掘された。所属の不二ジムのマネジャーによる手書きの記録だ。「ボクサー袴田巌RUNS」では、試合の年月日、対戦相手、試合場所、スコアなどを詳細に分析し、試合を〝再現〟している。
また、当時のトレーナーの「袴田はちょっとばかりどんくさいが、打たれてもひるまない。前に出て行くんだな」というコメントや、袴田さんの姉・秀子さん(92)が生観戦した試合についての「巌のボクシングは、なんとなくどんくさいと感じた」という意見などからも、袴田さんのボクサーとしての人生を詳述している。
著者でジャーナリストの齊藤寅氏は「袴田さんの人生の根幹は、誰が何と言おうとボクシングにあります。袴田さんのボクシング生活は、アマチュアを合わせて約10年。現時点で人生の11・3%。短くとも袴田さんにとってボクシングこそ人生そのものなのです。袴田さんが最も輝いたまぶしい〝あの夏のころ〟のような人生を追ってみました」と語った。













